「うまいでしょう。俺が育てたりんごをね、うちのやつがいい酒にしてくれるんだよ」
「はい、おいしい、です」
今、聞いていいのだろうか。この老人は知っているのだろうか。すべてを知ったうえで一緒に暮らしているのだろうか。
「ミシェルさん」
静かに微笑んでいた老婆が口を開いた。
「クロードはね、私のすべてを知っているわ」
心臓が跳ねた。気持ちを読まれているかのようだ。
「私の過去も、いいところも悪いところも、すべてわかっていて一緒にいてくれるのよ。私が皺くちゃのおばあちゃんになっても変わらずにね」
「いいところも、悪いところも……」
「もしかしたらあなたのそばにも、そういう人がいるかもしれないわね」
エリックの顔が浮かんだ。
生まれた時から近所に住んでいた幼馴染。お前はわがままだとかお転婆だとか、よくからかわれた。
いつもへらへらと冗談を言ってばかりだったのに、あの時だけは。
――行くな。
私の腕をつかんだエリックは、見たこともない真剣な表情をしていた。
――そんなに王子と結婚したいのか。
――ええ、結婚したいわ。
――会ったこともないのにか。相手もお前のこと、何にも知らないんだぞ。
――かまわないわ。結婚すればこんな生活から抜け出せる。貧乏暮らしは、もう嫌なの。
あの時のエリックの目は、今もはっきりと思い出せる。「こんな生活」「貧乏暮らし」という言葉に怒ったのかと思っていたけれど。
あれは、悲しみの目だった……?
「図星だったみたい」
老婆はいたずらをした少女のような顔で夫に笑いかけた。
この老婆は、今とても幸せなのだ。そう思った瞬間、ミシェルは立ち上がっていた。
「おじいさん。さっき、霧はもう晴れたとおっしゃいましたね」
「ああ。もうお城ははっきり見えるから、迷うことはないだろうよ」
「いいえ。お城に行くのはやめました」
慌ただしく上着をはおり、ドアに向かった。
「りんご酒、ごちそうさまでした。私、目が覚めました。家に帰ります。オーロラ妃……いえ、オーロラさん、ありがとう!」
扉が閉まり、足音が遠ざかっていった。
「オーロラさんねえ」クロードがあきれたような口調で言った。
「おめえ、まぁたお姫様ごっこやってんのかい。若い娘が来るといつもそうだな」