小説

『眠り姫の末路』窪あゆみ(『眠れる森の美女』)

「ねえお嬢さん。オーロラ姫が若く美しい娘でなかったら、王子は助けに来たと思う?」
「どういうこと」
「王子はオーロラ姫と会ったこともなくて、どんな女性なのか知らなかった。ただ若く美しいという噂を聞いただけで助けに来たのだとしたら、結婚した後、王妃となったオーロラがどんどん歳を取って、若さも美しさも衰えていったらどうなるでしょうね」
 老婆の穏やかな笑みがいつの間にか消えていることに、ミシェルは気がついた。
「美しさが失われていっても、オーロラ妃は大切にしてもらえたかしら。もしも王子様が、いえ、今は王様ね、他の若く美しい女に心を奪われて、王妃にひどい仕打ちをしたとしたら。お嬢さん、あなたがオーロラ妃だったらどう? それでもお金があるから幸せ?」
「そんな……わからないわ、私」
「そうね、そうなってみないとわからないわね。でももし私だったら、お城から逃げ出すかもしれないわ。たとえば、森の中にでも逃げ込んで、狭いあばら家でひっそりと暮らすとかね。そのほうがずっと幸せなんじゃないかしら」
 老婆の顔に笑みが戻った。ミシェルは、その顔から目が離せなくなった。
「おばあさん……」
 品のある顔立ち。優雅な物腰。
 この老婆は、まさか。
「あの、もしかして、あなたは」
 ミシェルが言いかけたとき、ドアの向こうで物音がした。
「ああ、夫が帰ってきたようだわ」老婆が立ち上がる。
「夫?」
「ええ。森を歩いていて怪我をしてしまった時に、偶然通りかかって助けてくれた人なのよ」
 ドアが開き、頭巾をかぶった老人が入ってきた。ズボンが土で汚れている。老婆がドアへ駆け寄った。
「おかえりなさい、クロード。霧が濃くて大変だったでしょう」
「ん? ああ。もうだいぶ晴れたよ。お客さんか。いらっしゃい」
 頭巾を外しながら老人が言った。
「かわいいお嬢さんでしょう。この方はね……あらいやだ、まだお名前を聞いていなかったわ」
「ミシェルです」
「まあ、素敵なお名前。ミシェルさんはね、お城に向かう途中に霧で道に迷ってしまったそうよ」
「そうかそうか、そういうことか、ははは」
 老人は大げさに何度もうなずいて笑った。
「まあ、ゆっくりしていきなさい」
 老人が土まみれの服を着替えている間、老婆がりんご酒のおかわりを淹れてくれた。テーブルの上に3つのコップが並ぶ。椅子が2脚しかないので、ミシェルは立ち上がろうとしたが、老夫婦たちから制された。老人は、部屋の隅にある木箱に腰を下ろした。
 さっきの話の続きがしたい。老婆のことを聞きそびれてしまった。

1 2 3 4 5