小説

『眠り姫の末路』窪あゆみ(『眠れる森の美女』)

「あらまあ、最近の娘さんは大胆だこと。わかりました、お城への道をお教えしますよ。でも、霧が晴れるまではうちで休んでいらしてね。さあさあ、りんご酒を召し上がって」
 確かに霧はまだ濃く、今出発してもまた道に迷いそうだ。ミシェルはしばらく休ませてもらうことにした。
 りんご酒を飲みながら、小屋の中を見回す。外から見てもボロ小屋だったが、中も粗末な造りだ。小さなテーブルと椅子が2脚、硬そうなベッドがあるほかは、家具と呼べるほどのものは何もない。ミシェルの実家も裕福ではないが、ここよりはましだと思った。
 ――貧乏暮らしは、もう嫌なの。
 そう言ってエリックの手を振り払ったことを思い出した。
「ねえ、お嬢さん。聞いてもいいかしら」
「なんでしょう」
「どうして王子様と結婚したいの」
「決まってるわ。大金持ちになれるからよ」
 わかりきったことを聞く老婆だ。ミシェルは少し不愉快になった。
「汗水たらして働かなくてもよくなるのよ。おいしいものをお腹いっぱい食べて、きれいな服を着て、毎日遊んでいられるのよ。私みたいな貧乏人がそういう暮らしをするには、お金持ちと結婚するしか手がないでしょう」
 ついまくしたててしまった。ひるむ様子もなく穏やかな表情をくずさない老婆にまっすぐ見つめられ、ミシェルは少し恥ずかしくなった。
「おばあさんは、思ったことはないんですか。お金持ちになりたい、いい暮らしがしたいって」
 ないはずはない。誰だってきっと一度はある。だったら私の気持ちもわかるはずだ。そう思って尋ねたが、老婆は答えない。その代わりに、独り言のようにつぶやいた。
「オーロラ姫は、幸せだったのかしら」
 なんですって。何を言っているのだろう、この老婆は。
「幸せだったに決まってるわ。だって王子様と結婚したのよ」
「お嬢さんは、王子様でさえあればどんな男性でもかまわないのかもしれないけれど」
 なんて嫌みな言い方だろう。優しい老婆だと思ったが、そうでもないのかもしれない。
「どんな男性でも、だなんて。王子様は長い眠りから覚ましてくれたんでしょう。姫を助けてくれた優しい人だわ。それで好きになって結婚したなら、幸せじゃないの」
「そうね、王子は姫を救った。しかもハンサムだった……らしいから、16歳の姫は、すぐに恋に落ちたでしょうね」
 老婆が何を言いたいのかわからない。ミシェルは言葉が出せなくなった。

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