小説

『眠り姫の末路』窪あゆみ(『眠れる森の美女』)

 見えてきたのは、小さな丸太小屋だった。
 霧がたちこめて視界が悪くなり、道がわからなくなってしまった。みすぼらしい小屋だが、誰か住んでいるのだろうか。ミシェルは小屋に近づきドアをノックした。
「はい、どなた」少ししわがれた女性の声がした。
「道をお尋ねしたいのですが」
「はいはい、お入りくださいな」
 ドアを開けると、小さな部屋の真ん中に老婆が立っていた。深い皺が刻まれた顔に、穏やかな笑みを浮かべている。
「まあ、かわいらしいお嬢さん。こんな森の中へお一人でいらっしゃったの? どうぞお座りなさいな。見てのとおりのあばら家で何もありませんけれど、おいしいりんご酒だけはお出しできますから」
 森を歩き続けて疲労困憊だったミシェルは、快く招き入れてくれたことに感謝し、何度も礼を言った。老婆の言うとおり、小屋はボロボロのあばら家で、服もつぎだらけだったが、彼女の言葉遣いや振る舞いはそれに似つかわしくないほど品があり、優雅だった。
「それで、どちらへいらっしゃるの」りんご酒を差し出しながら老婆が言った。
「森の向こうのお城へ行きたいんですが、霧で見えなくなってしまって。どっちへ行ったらいいのかしら」
 ミシェルが「お城」と口にした途端、老婆の笑みがほんの少し薄くなったように見えた。
「お嬢さん。あのお城のことは、ご存じかしら」
「知っています。王様もお妃様も王子様も、使用人たちも、みんな眠っているんですよね」
「そのとおりですよ。100年もの間ずっと眠り続けるそうです。お城に行っても誰にも会えないわ。それに、お城はたくさんのいばらに取り囲まれているの。無理に近づこうとしたら、ケガをしてしまいますよ」
「それも知っています。でも、どうしても行きたいの」
 ミシェルが家を発つ時、家族は反対した。近所に住む幼馴染のエリックも反対した。いばらの中を無理に進むようなことはしない、危険だと思ったら引き返すと約束すると家族は納得してくれたが、エリックには最後まで引き留められた。それを振り切ってここまで来たのだ。
「おばあさん、オーロラ姫の話をご存知でしょう」ミシェルは言った。老婆は薄い笑みを浮かべたまま黙っている。
「魔女の呪いで100年間眠り続けていたけれど、王子様のキスで目覚めたというお姫様よ。もう50年以上前のことだそうだけど」
「そうねぇ、聞いたことがあるわ。でもそれは、どこか遠い国のお話で、あのお城とは関係がなかったと思うけど」
「ええ。でも今、同じように魔女の呪いで、あのお城の王子様たちも眠らされているそうです。だから、私が王子様にキスして目覚めさせるの。そうすればきっと結婚してもらえるわ」

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