小説

『眠り姫の末路』窪あゆみ(『眠れる森の美女』)

「ごっことはなんだい。これがあたしの役目なんだよ。お城が眠りに落ちる前に、お使いの人が頼みに来たんだ。金目当ての女が、眠ってる王子に近づかないようにしてくれってね」
 老婆は腰に手を当てて胸を張った。
「あたしゃ一言も自分がオーロラだなんて言っちゃいないよ。あの子が勝手に勘違いしたのさ」
「お城を飛び出て森に逃げ込んで暮らしてる、かわいそうな元王妃様だってか。本物のオーロラ妃は、今も夫婦仲睦まじいって評判だぜ。嘘っぱちもいいとこだ」
「だから、嘘なんかついちゃいないってんだ。もしそうだったら、って言っただけだよ」
「あんなお上品な演技しなくたって、普通に説得すりゃいいじゃねえか」
「ただのばあさんがどう説得したって聞くもんか。あんたは女のこと何もわかっちゃいないんだから」
「へえへえ。まったく、俺の前でもお上品な女房でいてほしいもんだぜ。あんな若い娘をだまして、かわいそうに」
「そうでもないさ」
 ミシェルが飲んだりんご酒のコップをひょいと持ち上げ、老婆は笑った。
「案外、あの子は幸せになるんじゃないかね。待っててくれる人がいるようだしさ」

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