小説

『ななつ山』はやくもよいち(『杜子春』)

それでも陽人には、ママの気持ちがはっきりと分かりました。
ついに、ハンマーがふり下ろされます。
コダマが声を上げました。
「見事、あっぱれ」
陽人の手が砕かれる寸前、ヤマヒコの分厚い手が一撃を受け止めていたのです。
「わしの負けだ。ためしなどくだらぬ」
ヤマヒコはハンマーを取り上げると、先ほどまで座っていた岩へと戻りました。
「もともとコダマが言い出したことだ」
コダマはママの背中をさすっています。
陽人が安心して手をどかすと、ごとごと音を立てて、石が震えだしました。
石は滑るように台の上を移動して、あっという間に縁を越えます。
そうして地面に落ちると、あっけなくふたつに割れてしまいました。
中から、三葉虫が飛び出します。
陽人が「あっ」と声を出すと、太古の生き物はすばやく地面をはってヤマヒコの座る巨岩の影に隠れてしまいました。
ママの叩いた石の中には、何億年も昔の生き物がそのまま閉じ込められていたのです。
石を割ると中の生き物が死に、化石になっていたかもしれません。
陽人が岩の上に目を向けると、ヤマヒコは無言でうなずきました。
木の上に戻ったコダマは人差し指を立て、くちびるに当てます。
――ここで見たことは誰にも言わない――
声に出さないけれど、かたい約束を交わしました。
陽人の耳元で、とつぜん風が鳴ります。
ななつ山の神々が座る神樹と霊石が、動き出しました。
ものすごい速さで遠ざかっていきます。
周囲の景色が神々を追いかけて、前へ前へと飛び去りました。
ジェットコースターに後ろ向きに乗ったかのようです。
目が回りそうになって、陽人は思わず目を閉じました。

目を開けたとき、陽人は笹やぶの中に立っていました。
元の場所に戻ったのでしょうか。
左右を見まわすと、淡い緑の木漏れ日の中、ママが崖の前に立っていました。
顔を上げて、むき出しの地層に見入っています。
「ここに化石が埋まっているの? 何億年も昔のタイムカプセルなんて、すてきね」
ふり向いたママの目は、陽の光に輝いていました。
「今度はパパと3人で来ようか」
陽人が「やった!」と声を上げると、ななつ山が7回、同じ音を返しました。

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