小説

『思い届くまで』霜月透子(『赤ずきん』)

 それから私は、いつか赤城に会う時のために少しずつユリを真似ていった。服装やヘアスタイルやメイクまで。なにも知らないユリは、おもしろがっていろいろアドバイスをしてくれる。申し訳ない気分にもなったけれど、未練があるのは赤城の方だけだと気づき、すぐに気にならなくなった。
 すっかり双子のようになった頃、ついに赤城と会うことになった。ユリが両親に会いに行くため家を空けるというので、その日に赤城と会う約束をした。

 当日は赤城がユリの家まで来るという。駅などでの待ち合わせでなく、自宅まで迎えに来るとは随分と紳士的なことだ。高校時代もそうだったのだろうか。朝は迎えに来て、帰りは送っていく。想像した過去にやきもちを焼いてしまう。
 今日会ってみて、いい感じだったら告白しよう。実は私はユリではないのだと。いまあなたが好意をいだいているのはユリではないのだと。そうしたら本当の私のことを受け入れてくれるだろうか。
 呼び鈴が鳴る。
 素早く身だしなみチェックをする。姿見に映る私はユリそっくりだった。数年ぶりに会う赤城にはユリ本人に見えるだろう。初めのうちはユリとして接して、打ち解けたところで告白するのだ。
 再度、呼び鈴が鳴る。
「はーい!」
 返事をして玄関へと向かう。ドアを開けると、私の王子様が緊張した面もちで立っていた。張りつめた空気に飲み込まれ、私まで緊張する。
 まずは外に出ようとすると、いきなり肩をつかまれ、やや強引に玄関に押し戻される。
「……え?」
 私の惑いをよそに、赤城は後ろ手にドアを閉めた。
「ちょ、ちょっと待って。どうしたの……?」
 私をユリだと思っているからなのだろうが、数年ぶりの再会にしては性急すぎやしないか。そんなことを思っているうちに壁に押しつけられ――腹部がカッと熱くなった。
 とっさに手をやると、堅いものが突き刺さっていた。恐る恐る視線を下ろすと、包丁の柄が見えた。数拍遅れて経験したことのない激痛が押し寄せてきた。猛獣のうなり声が聞こえる。と思ったら、声は私の口から発せられていた。血液と共に力も流れ出ていき、その場に膝をついた。それでも上体を支えきれず、溶けていくようにゆっくりと倒れた。
「……ど……して?」
 朦朧としながら声を絞り出した。
 赤城は自分で刺しておきながら、怯えた表情でドアに背を張り付けていた。
「妹を、殺したからだ」

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