小説

『七番目の地蔵』裳下徹和(『笠地蔵』)

 伍助が刀を質に入れたことには、触れないことにした。
「色々な方々に話を聞きましたが、伍助さんは信心深く、優しい方だったようです」
 私の答えに、村長は大きくうなずく。
「そうなんだ。あいつは立派な男だった。あんな立派な男を、地蔵様が殺すわけがねえ」
 村長が殺生餅を伍助に食べさせ殺害し、調査の状況を探りに来たのかと思ったが、違うようだ。
 村長は言葉を続ける。
「この村が外でどう言われているかはわかっている。落武者狩りの村だ。実際に昔落武者を狩ったよ。だが、あいつらは悲劇の英雄なんかじゃねえ。死が目前に迫った敗残兵なんて、盗賊よりもたちが悪い。物は奪う、畑は荒らす、人も平気で殺す」
 村長の話も嘘ではない。敗残兵に滅ぼされた村など、いくらでもある。
「この村にも落武者達がやってきた。素直に降伏したところで、悲惨なことになるのはわかり切っていた。俺達は一旦村から離れて、山に隠れた。落武者達が油断するのを待つためにな。その中に伍助と嫁さん、それに一歳になるかならないかの息子もいた。息をひそめて隠れている俺達のそばに、落武者が近付いてきた。みつかったら皆殺しにされてしまう。まだ小さい子供に泣くなと言っても無理な話だ。伍助は幼い息子の口をおさえて黙らし、俺達は落武者達から隠れ通すことが出来た。その後、俺達は油断して村でくつろいでいる落武者に襲いかかって、村を取り戻したんだ。村人を率いて、先陣切って戦う伍助は勇敢だった。あいつのおかげで村が救われたと言っても良い程だ。でも、伍助に口をふさがれていた息子は、息をつまらせて死んじまった」
 降り積もった雪が、更に重くなった気がした。
「お坊さん。俺達を裁くのかい。仏さんは、俺達を裁くのかい」
 村長の話を聞いて、全てがつながった。
 留来村の人々は、落武者から奪った武具や金品を、金に換えて生きのびてきたのだ。建前上農民は武器を持ってはならないとされている。表に出せない裏の恵みを、七番目の地蔵という隠語で呼んでいたのではないか。
 大晦日に自分の所有していた刀を質に入れ、村人に餅を配ったのは伍助だ。その行為を村人は七番目の地蔵と呼び、その直後に伍助が餅をつまらせて死んだので、七番目の地蔵に殺されたという、変な噂が流れてしまったのだろう。
 伍助が村人に餅を配ったのは、残された母親の面倒をみてくれるように頼む意図があったと思われる。村人達はその期待に応え、残された母親の面倒をみた。
そして親よりも先に死ぬという不孝を犯し、賽の河原で息子と石を積み続ける為に、伍助は自ら殺生餅を喉につめ死んだ。息子と同じ苦しみを味わうという意味合いもあったのだろう。
 しかし、自殺であることがばれたら、別の地獄に送られてしまう。伍助は事故もしくは殺人に見えるようにした。
 地蔵に笠をかぶせたのも、雪よけではなく、これから為すことを見て欲しくなかったからだ。だから風もないのに笠が前に傾いていた。強い風が吹いていたら、地蔵の背中に雪がつくはずだが、思い返せばそれがなかった。
 伍助の行為は、仏の教えに沿うものではない。だが…。
 私は村長に言う。
「仏は、村の人々も、伍助さんも、全てをおゆるしになるでしょう」

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