小説

『野ばらと将棋と』月山(『野ばら』)

 それから暫く、駒を触りながら雑談をしていると、やはり彼らは二つの国の兵士であるのだと知る。ただどうにも、話を聞いていると違和感があった。話に出てくる内容が妙に古いというか、何百年も前の話を最近のことのように語っているみたいに聞こえた。のでそのまま彼らに告げると、二人はまた、笑うのだった。
「そう、私達はね、昔に戻っておるのですよ」
 と老人が言い、
「ええ。年に一度、この場所で。昔のように将棋を差しています」
 と青年が言う。
「私の墓は南の方にありますが、今日この日だけは、この場所へと戻ってくるのですよ」
 と老人が言い、
「私は北で死にました。けれど心はここに残っていたようなのです」
 と青年が言う。
 男は、ああ、二人は死んでいるのだなあと思った。これは生前の姿なのだろうかと思った。のでやはり彼らに告げると、二人は一瞬押し黙り、仲良く同時に頷いた。
「私は老衰でした。あの戦争を生き延び……いや、戦いすらしていない。ただここで、ずうっと日々を過ごしていた。ただ、それだけだった」
 と、老人。
「私は、戦いの中で死にました。部下も皆亡くしてしまいました。けれど、私は可能な限りの力を尽くした。やりきった。未練などない、と思っていたのですが」
 それでも私はどうやら、ここに戻ってきたかったようです。
 そしてまた、将棋を差したかったのだろうと思います。
 と、青年。
 老人もまたそれに応えるように、「私もそうであるのだ」と呟いた。
「おまえさんと、また将棋が差したかった」
 それから、少しの静寂が訪れた。
 ただ、ミツバチの羽音だけが聞こえた。
 あのミツバチも昔に生きていたのだろうか、それとも今を生きているものがここにいるのだろうか、と男は思って二人に告げた。二人は笑った。
「そんなこと気にもしていませんでしたよ」
「そうですなあ、駒の動かし方ばかりを考えていた」
「とにかく将棋を楽しんでいました。ただ、それだけを」
「俺も盤しか見とりゃあせんかった」
 そこで男は、老人の一人称が私から俺になったのに気が付いた。こっちの方がなんだか、力の抜けているように聞こえて好きだなあと思った。ので告げた。
 あんたさっきから何でも告げてくるね、という旨のことを、二人が声を揃えて言った。そうして笑った。青年も老人も、男も笑っていた。青空の下、将棋盤を囲む三人は、ひどく楽しそうであった。その様子を見ているのは、ただミツバチだけであった。
 南で死んだ者、北で死んだ者、今を生きている者。
 三人は同じ場所で、将棋盤を囲み、笑っていた。
 傍では野ばらが咲いている。
 ただ穏やかに咲いている。

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