小説

『趣味の壁』真銅ひろし(『青ひげ』)

「どうしてって、私は無理です。受け入れられないと思います。」
 本当は『いいんじゃないですか』的な答えと期待していた。
「でも、なんか時代的にそう言った人たちも許容されてきている時代でしょ。笹本君くらいの年代はあまり偏見はないかと思ってた。」
「友達だったら構いませんけど、彼氏ってなるとダメですね。理解は出来ても受け入れる事は出来ないと思います。」
「あっそう・・・。」
 手厳しい答え。あれだけテレビでお姉タレントが活躍しているのに、いざ自分の彼氏になると話は別なのか。
「いきなりどうしたんですか?」
「いや、新しい店舗開くだろ、今の時代男性を意識したコーナーもあった方が良いのかと思って。」
「・・・必要ないんじゃないですか。結局女性ものを使うんですから。」
「だよね。ありがとう、ちょっと聞いてみただけだから。」
 苦しい言い訳だったが笹本はそれ以上突っ込んでは来なかった。

 話すべきか話さざるべきか。それが問題だ。
 自室の机の上にクローゼットのカギを置き自問自答する。
 このまま隠し通して生活する事は良い事なのだろうか?
 黙っているのは家族を裏切っている事にならないだろうか?
 それとも逆にこんな趣味を持っている事自体が裏切り行為なのか。
どちらが正しい選択なのだろうか。
机の上の鍵を強く握る。

朝食を済ませ、出かける前のコーヒーを飲む。
娘は学校に行き、妻は洗い物をしている。
自分のポケットには引き出しの鍵が入っている。
見せる必要なんてない、時とタイミングを見て面と向かって話せば良いじゃないか、わざわざ自分がいないときに見せようとしなくてもいい。
「・・・。」
 けど、見せよう、打ち明けようなんて今まで何回もあった。だけどその度に止めてきた。
 怖いのだ。
 面と向かって否定されるのが。
「あなた、そろそろ時間じゃないの?」
妻が何気ない顔で聞いてくる。
「ああ、そうだな。」
その言葉に促され、荷物を持ち玄関に向かう。妻が玄関まで見送りに来てくれる。
「気を付けてね。」
「ああ。」
 言うなら今しかない。
「・・・。」
「何?」
 こちらの沈黙に疑問を感じたのか、妻が聞いてくる。
「いや、あのな・・・。」
「お土産だったら気にしなくていいわよ。あの子も冗談で言ってるだけだとおもうから。」
「いや、そうじゃなくて。」
「・・・。」
ポケットから鍵を取り出す。

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