小説

『Just fit』垣内大(『シンデレラ』)

……何が起こったのでしょうか。王子がガラガラに嗄れた声で質問をした途端、女性は王子から逃げるように僕の傍へ寄り添ってきたのです。ガラスの靴がぴったりと合ったこの女性が、王子の運命の女性だったはずでは?王子も混乱しているようで、ひどく複雑な表情でこちらを睨んでいました。きっとこの女性は、お妃様に選ばれたというあまりの光栄に混乱して取り乱してしまった結果、僕の元へ寄ってきたのです。ここは一度落ち着かせて、しっかりと状況を伝えなくては。
それにしても、本当にこの女性が王子の御眼鏡に適ったのでしょうか?どこからどう見ても、普通の中年女性です。年齢はおそらく四十後半、全体的にずんぐりむっくり体型だけど、手足は比較的ほっそりとしていて、お肌もわりかし綺麗な方かもしれません。ノーメイクのせいか目元の皺が少し気になりましたが、これまでたくさん笑って生きてきた証とも言えます。よく見れば魅力的な女性に見えなくもない、と思いました。
 流石は我らが王子。一目見ただけではわからないこの女性の魅力こそ、愛すべき人間の美しさだと見抜かれたのでしょう。そう思ってみると、王子の運命の女性が、今その栄光を目の前にしながらもこの僕に寄り添っているという状況が、なんだか男として非常に誇らしく思えてきました。この女性がもしも本気だとするならば、僕が受け入れさえすれば王子の運命の女性が僕のものになる。いや待て、落ち着こう。僕はこの国の兵士だ。王子に逆らい兵士をクビになってしまえば、故郷で応援してくれている母さんを悲しませてしまうことになる。よく考えてみるんだ。仕事を失い、とぼとぼと帰郷する僕。でも、優しい母さんはきっとそんな僕をあたたかく受け入れてくれるだろう。そして、これからも僕の隣で支え続けてくれるのは、この女性なんだ。

王子、申し訳ありません。

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 私はシンデレラ!今まで意地悪な継母やお姉様たちに沢山いじめられてきたけれど、魔法使いのおばあさんのサポートもあって、昨晩のダンスパーティーで王子のハートを鷲づかみにしちゃった!人生一発大逆転!と思ったんだけど、おばあさんの魔法が午前零時で解けてしまうから、私は慌ててパーティーから逃げ出したの。途中で靴を片方落としちゃって、正直に言えばすぐ拾える距離だったのだけれど、手がかりを落としていけば王子が探しに来てくれるかもって思ってそのままにしていったら、次の日には町まで探しに来ちゃった。私ってば本当に罪な女!
 さっそく町中の人たちが広場に集まって『誰がガラスの靴を一番ぴったりに履けるか選手権』が開催されたわ。もちろん、優勝は私!そんなことは最初から分かりきってるんだから、私はみんなの後ろでニヤニヤ笑って眺めていたの。あのお姉様たちが町中のみんなから失笑されたのは、とっても溜飲が下がったわ!そして、そろそろ私が名乗り出ようかしらと思った時。あのおばさんが、ガラスの靴をぴったりに履いたの。
 あのおばさんは一体何者?なぜガラスの靴がぴったりなの?あの靴は私のもの、王子様も私のものよ。私の立場は一体どうなるの!と思っていたら、なんとおばさんが王子様との結婚を断って、隣にいた兵士と一緒になるって言い出したの!そしたらその兵士も「申し訳ありません。僕はこの方と結婚します」って言うの。やたらといい声で。この茶番は何なのかしら。
 そもそも冷静に考えてみれば、なんで魔法は解けたのにあのガラスの靴はそのままなの?ドレスは元のぼろ雑巾みたいなエプロンに戻っちゃったのに。つまり、あれは魔法で作られていたんじゃなくて、元々あれは既製品なのよ。だから私にはぴったりじゃなかった。というか、本当に靴がぴったりだったら多少走ったところで脱げやしないわ。あのおばさんの足を見てよ、脱ごうとしたって脱げないくらいぴったりと合ってるわ。つまり、そもそもこの選手権自体が一切無効なのよ!という旨を伝えるべく、私は前に出たの。
 そうしたら、王子様がこっちを見て「あ、昨日のあの子だ」っていう顔をしたの。顔を覚えてるんだったら初めから全員面通しすればよかったじゃないの!はい、ハッピーエンド!

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