小説

『Just fit』垣内大(『シンデレラ』)

 いい声の主は、王子様の正面にいる兵士だった。ルックスを見てみると、スタイルは中肉中背、顔立ちは非常にあっさりとしている。別段不細工だというわけでもないが、とにかく薄い顔だ。おそらく、2秒ほど目を瞑ればどんな顔を忘れてしまうほど薄い。まるで何のパーツもついてないのと同じくらい主張がない顔だ。残念ながら、あの場にいる男性たちの中では最も印象が弱い。というのも、王子様は血筋もあってか気品が溢れており、中性的でそこら辺にいる女性よりも断然美しく感じる。周りの兵士たちも、力強そうな肉体だったり、くっきりとした目鼻立ちだったり、いかにも男らしいルックスの持ち主ばかり。あの声の主とは比較するのもかわいそうになるほどに男前揃いなのだ。現に、今こんなことを考えている間に顔を忘れてしまっていた。

―――この中に我こそはという女性は居られませんでしょうか!

 だがしかし、声はいい!あの声を聞くと腹の奥底から疼きを感じる。これはきっと昼過ぎまで寝ていた故の空腹などではない。忘れて久しい恋心というものだろうか。あの声をもっと近くで聞きたい。私は、まるで上等な料理の芳香にくすぐられて鼻から引き寄せられるように、知らず知らずのうちにあの声に釣られて足を前に進めていた。

―――次は、あなたですね。それでは前へどうぞ。

 これまでは別の方向に向かっていた声が、突然こちらへ向けられた。ただ聞こえていた声ではなく、自分に対して発された声とは、こうも格別に感じるものか。ついつい頬が緩んでしまう。ふと我に返って周囲を見回すと、町のみんなが私に注目していることに驚いた。そういえば、そもそもこの集まりは一体何なのだろう?
 困惑する私に、いい声がまた刺さった。

―――履物を脱がれて、こちらに足を合わせてください。

 何の話だかさっぱりわからないが、私の体は彼の言葉のままに動いた。すでに私の肉体は彼に支配されているようだ。サンダルを脱ぎ捨てて一歩踏み出すと、右足がぴたりと何かに収まった。これは、透明の靴?事態を飲み込めずにいた私の後ろから突然歓声が上がり、さらに私を困惑させた。
 ふと前を見ると、王子様が立ち上がってこちらに歩み寄ってきていた。私のことを非常に怪訝そうに見ている。この状況に怖くなってきた私はあの声の主に助けを求めた。やはり顔が薄い。はたして本当にそこに顔はあるのだろうか?

―――おめでとうございます。あなたは、王子様のお妃様に選ばれました。

 何度聞いても非常に耳心地がいい。この声を聞くとどうしても顔がにやけてしまう。しかも『お妃様』だなんて。……お妃様?誰が?誰の?改めて話を聞いてみると、どうやらこのガラスの靴がぴったり合う女性が、王子様と結婚できるとのことらしい。意味はよく分からないけれど、とにかく私はこの国のお妃様に選ばれたらしい。突然のことではあるが、この上ない喜びには違いない。少しずつ状況を受け入れ始めた私に旦那様、もとい、王子様が声をかけてきた。

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