―――あなたは、昨晩の女性ですか?
この声は。
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昨晩の舞踏会で、私は運命的な出会いをした。ほんの少しの間しか一緒には居られなかったが、私は彼女の全てに心を奪われた。その彼女は、突然私の目の前から走り去ってしまった。城を抜け、森の中を走る彼女を追いかけた。道の途中で片足の靴が脱げても、振り返ることなく彼女は闇の中に消えていった。私は声が嗄れ果てるまで叫びながら彼女を探したが、彼女が私の元へ帰ってくることはなかった。
翌日、どうしても諦め切れなかった私は、兵士たちを連れて城下町へ向かった。あの森を抜けた先にあるのはこの町だけだ。彼女はきっとこの町に居るはずだ。彼女が落としていったガラスの靴、この靴にぴったりと合う足を持つ女性を探すのだ。
さっそく町民たちを集めて事態を説明し、心当たりのあるものに名乗り出てもらった。
しかし、人間の欲望とは恐ろしいものだ。幾人かの女性が我先にと前へ出た。ガラスの靴を履くことさえできればこの私を結婚してこの国の女王になれるという算段なのだろうが、強欲は人の判断力を鈍らせるのだろうか。意気揚々と前へ出たあの太った女性も、その隣の痩せ細った女性も、一目見れば自分の足があの靴には合わないことくらい理解できないのだろうか。これだけ多くの観衆の前で堂々と嘘を吐けるその胆力にも驚かされる。よく自信満々で挑戦し、そして、よく悪びれる様子もなく帰っていけるものだ。さて、次に出てきたあの中年女性もまた、昨晩の女性とは程遠い。王妃の地位に目がくらんだのか、兵士に言われるがまま汚れた履物を脱ぎ、フラフラと足を前へ出した。
私は目の前の光景が信じられなかった。一体なぜあの中年女性の足にガラスの靴がピッタリと合っているのだ。私は思わず椅子から立ち上がり、その女性に歩み寄って顔をまじまじと見つめた。どう見ても昨晩の彼女と同一人物ではない。だが、この女性の足にはガラスの靴がぴったりとはまっている。昨晩の私はどれほど酒に酔っていたのだろうか。いや、酔いで補正されるほどの差異ではない。しかし、目の前にはぴったり合ったガラスの靴を履く中年女性がいるのだ。私は思わず、彼女に質問した。あなたは昨晩の女性か、と。すると、中年女性は途端に顔をしかめ始めた。一体どうした?やはり別人か?とさらに問いかけると、中年女性は首をブンブンと横に振ったあと、隣に居た兵士に突然寄り添い、私にこう言った。
―――私、この方と一緒になります!
一体、何がどうなっている。
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本日の任務は、王子の運命の女性を探し出すことでした。城の兵士になってから初めての大仕事です。他の兵士の方々よりも体が華奢で、訓練の成績も悪かった僕ですが、唯一褒めてもらえたのが“声”です。訓練の教官に「お前、返事だけはいいな」と言っていただいてから、王様へのご報告係なども任されるようになりました。
本日も、町中の皆さんに今回の用件をアナウンスする、という重要な役割を与えていただけました。王子のお役に立てるよう、頑張ります。