小説

『桃太郎をやるにあたって』真銅ひろし(『桃太郎』)

「任せるよ。」
 てっきり味方になってくれるかと思ったが全くそんな素振りは見せずにニコニコと笑みを浮かべている。要は丸投げされたのだ。

 と、ここまでが話し合いに至った経緯である。
 保護者達の中央の席に波岡が澄ました表情で座っている。
「えー、今回はですね、事前にお渡しさせて頂いたプリントに書かせて頂いた事なんですけど、今度行う出し物についての配役に関してなんですが・・・。」
 誰も何も発しては来ない。この無言がたまらなく怖い。帰りたい。
「こちらの配慮が足らずに申し訳ありません。もう一度こちらから一方的に園児に聞いてしまうと要らぬ疑問を抱かせてしまうと思いまして、保護者の皆様でもう一度配役について話し合いをして頂けないかと思っております。」
「ちょっといいですか?」
 こちらの言葉に一人の保護者が反応する。
「あの、言っている意味がさっぱり分からないんですが、もう一度私たちで話し合うんですか?話し合って配役を変えるんですか?」
いきなりきつめの言葉が飛んできた。
「一度決まってしまったものをまた決め直すのはどうかと思うんですが。」
「・・・。」
「うちの子供も役が決まって張り切っているんですが。この話し合いでひっくり返ってしまう可能性があると言うことですか?」
「・・・。」
 この言葉に他の保護者達もざわつきだす。当たり前の事を言っているのだから反論のしようもない。
「申し訳ありません。それは進めていく中で皆さんのご意見を聞かせて頂きながらになってしまうと思うんですが・・・。こちらの不手際で本当に申し訳ないのですが、お子さんの意見を無視してしまったような所もございまして。」
「どう無視してしまったんですか?」
「それは・・・なかなかやりたい役を言い出せないお子さんがいたんですが、それに気がつかず先にやりたいと手を挙げたお子さんに決めてしまったんです。」
「その子は本当は何役をやりたいと言ってたんですか?」
「あ、いや・・・。」
 困った。それを言ってしまうと誰がこの件を言いだしたのか分かってしまう。
「桃太郎です。」
 声の方向を見ると波岡が平然とした顔で言い放った。
「言いだせなかった子はうちの子なんです。」
 波岡はすっと立ち上がる。
「本当は個別で桃太郎役の方と相談出来れば良かったんですが、なんだかこんな大事になってしまって申し訳ありません。」
 深々と申し訳なさそうな顔で頭を下げる。
「でも折角の出し物で、本意でないものをやるのはとても悲しいじゃないですか。こういった人前に出て何かを演じると言うのは本人にとって非常に記憶に残りますし、自分の意思を無視されたことによって大人への要らぬ偏見と反発を招く恐れがあります。それに何より子供達もそんな思いで演じさせてしまうのはかわいそうじゃないですか。」
 たかだか出し物で仰々しい事を言う。自分の子供を主役にしたいだけだろう。

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