小説

『桃太郎をやるにあたって』真銅ひろし(『桃太郎』)

「皆さんのお子さんはどうですか?せっかくの機会ですので、仰られた方がいいんじゃないでしょうか。」
 笑顔で尋ねる。
「あの、実は私の所も、子供が本当は違う役をやりたかったみたいで。」
「私も。」
「あの、実は私の所も。」
 図ったように3名の保護者が賛同する。
 片岡、足立、佐々木。
 どの人も波岡といつも一緒にいる保護者だ。いや、波岡がこの三人を従えているように見える。いわゆる波岡一派か。
 波岡は自信に満ち溢れた顔をしている。
「先生、これだけ本意でないご家庭があるのはやはり問題だと思うんですが。」
 波岡の言葉に波岡一派も同時に頷く。
「・・・。」
 完全に自分が悪者になってしまった。
 波岡は勝ち誇ったように黙って椅子に座る。
 空気的に完全にやり直しの空気になっている。
「・・・とういう意見もありますので、もう一度配役について皆さんで考えていこうと思うんですがいかがでしょうか。」
「・・・。」
 沈黙。
「では・・・それでは桃太郎をやりたい方挙手をお願い致します。」
 もちろん波岡の母親が手をあげた。
 この強引なやり方に他の保護者は手を上げないかと思っていたが、予想外に手をあげた。
 元々『桃太郎』役だった石倉慎吾の母親が手をあげた。
 そして恐る恐る他2名程もそれに続いた。
 ・・・増えた。
 石倉慎吾の母親は分かるが、他の2名の母親はなんでだ。
「どうしてですか?」
 とは聞けない。そういう会で集まって貰ったのだから。
 黒板の役名の下に名前を書く。
「じゃあ今挙手して頂いた4名の方という事で、これから絞っていこうかと思うんですが。」
「・・・。」 
 沈黙。当たり前だ、これをどうやって絞って行けばいいのだ。
 波岡は平然とした顔で何も言わない。石倉さんは固まっている。あまり気が大きそうではないので論争になるのは避けたい所だろうか。他の二人も黙って下を向いている。
「どうしましょうか・・・。」
 苦笑いを含みながら冗談っぽく聞いてみる。
「・・・。」
 また沈黙。辛すぎる。 こんな不毛な時間をいつまでも続けるのは苦痛以外のなにものでもない。
「あの、やりたい役をやるって事の方が良くないですか?」
 一人の保護者から声が上がった。

1 2 3 4 5 6