小説

『最後の真珠』三星円(『最後の真珠』)

 ママはそう宣言したが、ぼくは訝しんだ。ママは社交の仕事はしていたけれど、お金を稼ぐ仕事はしていないはずだ。学費が払えるのだろうか。
「新しいパパが出してくれるわ」
 ママは先回りしてぼくの疑問に答える。
 ママとぼくはパパから半年遅れてマンションのおうちから引っ越した。引っ越し先は新しいパパの家だ。昔住んでいたお屋敷に似ていた。トイレもひとりにひとつある。けれど新しいパパはパパに似ていない。
 ママとぼくが引っ越した日、新しいパパはフォークだけで四本ならんでいるレストランに連れて行ってくれた。
「ふたりの歓迎会だ」
 新しいパパはウインクしてソムリエにぼくのグラスにもすこしだけシャンパンを注がせた。
 前菜は生牡蠣だった。お皿から殻がはみ出すくらいおおきな牡蠣に、くし切りにしたレモンやエシャロットを刻んだソースが添えられている。レモンにはクリップのようなものが取り付けられていて、手を汚さずに絞れるようになっていた。
 ぼくはレモンを絞り、指でつまんでやろうかとすこしだけぐずぐずしたけど、ピアノの生演奏や糊のきいたテーブルクロスに気圧され、あきらめてフォークですくって生牡蠣を口に入れる。
「息子の好物だって言ったこと、覚えててくれたのね」
 ママが甘えるように新しいパパにささやく。海が口のなかに広がる。おいしい。パパにも食べさせてあげたかったな。ぽろりと涙がこぼれ落ちる。涙はこつんと音を立てて金でふち取られた皿のなかに転がった。ママは新しいパパといっしょに笑うのに必死で気がつかない。皿のなかの真珠は今まで見たぼくの真珠のどれよりも美しく、虹色に光っていた。

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