小説

『駆け込みパッション』もりまりこ(『駆け込み訴え』)

 ゴルゴタの丘は翌日の夕方近くになって辿り着いた。
 坂を上りきるとおぼろげにじぶんが最期の時を終えた場所らしき丘がみえてきた。よくみると、誰かいる。誰かが、足を投げ出してそこで本を読んでいた。
 おれの気配に気づかないのか、その書物らしきものに集中してる。焦げてしまうぐらいに。すこしずつ近寄る。もうすこし近寄る。砂利道の石がさっきもらったビーサンのソールと擦れてじゃじゃって音がした。
 その人が顔をこっちに向けた。彼が言葉をこちらに投げる。
「遅いよ。遅すぎだよ。いえっちゃん」
 書物から目をあげているのは湯田だった。そしてなぜが口元には菓子パンの一口がついていた。察した湯田が、さっきパンを食べてたからね、それともしかしてここに来た時スルーされるの嫌じゃん。いえっちゃんが気づかないといけないからねって口角のパンくずを払って続けた。
「春分の日のあとの最初の満月の次の日曜日が昨日だったから、復活したよ。言っとくけどぼくはなんども復活してるんだからね、それでなんどもここを訪れてる」
 まぎれもない湯田だった。おれはことばをなくす。
 ゴルゴタの丘には、時計草が咲いていた。パッションフラワーと呼ばれていて、花の構造がキリストの受難の十字架のようだから、そう名づけられているのだと湯田が教えてくれた。あの日からここにはいつもこの花が咲くって。
「3個の柱頭に5個の葯、72本の花糸、10本の花弁があるでしょ」
 その数はおれにまつわる記憶に刻印された数字らしいんやけど。3は十字架の釘の、5は傷、72は冠のとげの数。そんなことはどうでもよかった。それよりも眼の前の湯田が、あの日の湯田のようでおろおろする。
「いえっちゃんも、なんか喋りなよ」
「それ? 何よんでんの?」
「久しぶり聞いた、いえっちゃんの大阪弁。なつかしいね。これ太宰治のね、駆け込み訴えっていうの。まるでじぶんでびっくりした。ユダからみたイエスのことが書いてあってさ、太宰治って人はぼくの生まれ変わりかもしれないって思ったくらい。でもぜんぶがぼくじゃないんだな。ところどころにぼくがいるって感じがした」
 湯田ってこんなにやさしい目をしていたんだっておれは思う。
 復活する度にここを訪れて、おれを待ってくれてたんや。邂逅したときの会話、遅いよってさっきの湯田の声が耳のなかにとじこめられたまま、離れない。
 いつか復活したら言おうとしていたことってなんやったっけっていうぐらい、フラットな気持ちが戻ってけーへん。
 パッションフラワーの分裂したおしべを見ると、ほんとうに時計の針のようで、それがふたりの間に咲いていることが奇跡の様だとおもった。
 あれからずっと裏切りの代名詞になっていた湯田が背負っていたものは、もしかしたら十字架以上のものだったかもしれへんと思う。

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