小説

『スリーピングアイドル』柿沼雅美(『眠れる美女』)

 「実際には報道されているよりもはるかに研究は進んでいます」
 まさか、と安西が言うと女はゆっくりうなづいた。
 「ここにいるのは、国にとって大切な子の、いわばクローンです。時代を変えたアイドル、日本を代表する選手。本物の彼女たちに万が一の事故や病気があった場合、この部屋の子が運び出され本物の子に必要な部位が移植されます。本物よりも若い体にしています」
 「そんなことが」
 「そんなことが必要な時代なのです。今後は一層。でもそれは口外できない。だって、一般の人たちはそんなことしてもらえないし、動物で臓器を作るだけで批判もあるのに、ましてクローンだなんて。世間は許さないでしょう」
 「でもそれを老人からお金をとってなんて」
 「お金は研究とクローンの維持に回されています。それにここにいらっしゃる男性たちも買える夢を見に来ている。ウィンウィンじゃありませんか。私が言えるのはこれまでです、記事になさった場合、日本の有望な人材に万が一があった場合、あなたが救ってくださるのですかね。秘密が秘密でなくなった以上、もうあなたをお客様として次回からお迎えすることはできません」
 女はそう言って速足で離れを出て行った。
 安西は重い足取りで元の部屋に戻り、着替えをした。何も知らずただ眠っているだけのふとんの中の女の子も素晴らしい才能の持ち主のクローンなのかと思うと、触れる気にならなかった。

  Like it☆Like it☆Like it☆と振り付けの確認をしているとスマホが鳴り、出るとマネージャーが嬉々とした声で週刊文夏の掲載がなくなったよ、人違いだったらしい!と報告してきた。
 「安西さんがね、たとえこの先ライブでケガしても事故にあっても病気になってもきっと大丈夫だからがんばってください、って言ってたよ」
 「え?どういう意味ですか?」
 「どんな時も応援するという意味だと僕は思いたいね。この間もアイドルが事故にあったし、手術すぐできて成功してよかったよね」
 私は、記事もそれもよかったですと返した。この間の写真が別人だとしたら、私にそっくりな子は一体どこにいるんだろう、と思う。
 じゃあまた現場で、と電話が切れると、メンバーの紗英が、はやくフリ合わせよーと私を呼んだ。
鏡張りのスタジオはライトが反射して、私たちの肌を白くきらめかせていた。

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