用意してあった浴衣に着替えると、部屋の光が上からきていることに初めて気が付いた。見上げると、天井に明り取りが二つ空いていて、そこの日本紙から電燈の光が広がっている。深紅のびろうどの色にはこんな光が合うのか、またそれがこんなに女の子の肌を幻のように美しく見せるのかと思った。
女の子が目を覚ますのでないかと不安になりながら女の子のふとんに入った。
「まるで生きているようだ」
愛らしさからのつぶやきだったが、口に出してしまってからその言葉が気味悪い響きを残した。何も分からないまま眠らされた女の子は命の時間を停止してはいないまでも喪失して底のない底に沈められているのではないか。
これは安心して触れられるのだろうか。
耳は髪のあいだからのぞいていた。耳たぶの赤みのみずみずしさが胸に指すほど訴える。
十分に金を得ても男としての能力を失った者たちはこの秘密の家に行きつき強いよろこびと悲しみとでここに通うのだろうか。女の子の髪をかき上げて耳を出し、安西は自分の首をつけた。ふとんのなかで浴衣ごしにふれるふわっとした肉感に、女の子は何も身に着けずに部屋に来たのかと思うとぎょっとする。
「起きないの?ねぇ起きないの?」
安西は女の子の肩をつかんで揺さぶり頭を持ち上げてさらに言った。内に突き上げてきた女の子への感情がそうさせた。女の子はかすかに眉をひそめるようにしたが目を覚ますことはない。これくらいで目を覚ましてはここを紹介した富豪が秘仏と寝るようだなどというこの家の秘密はなくなってしまう。
手が首から離れると女の子は顔をゆるやかにまわし肩もそれにしたがって動き、上向きに寝直った。女の子の唇が天井からの明かりを受けて若く光った。ふとんをそっと持ち上げてみると、胸は小桃のようだった。
それを体にあてることも接吻することもできる。富豪ほどの男たちならいかなる償いも金も賭けてもそうしたいと思うだろう。何人もの男たちがこの家で歓喜に溺れたのだろう。
この悪魔じみた醜い遊びに安西が落ちこぼれていかないのは、女の子が美しく眠りきっているからだ。
「僕も眠るかな」
そう言いつつ到底眠れない状況に、枕元の眠り薬を飲む。永遠の眠りというわけではないだろうに、と心の中でつぶやいた。
襖の開く音で目が覚めた。
「お目覚めでございますか。朝ごはんのお仕度ができておりますけれど」
昨晩の着物の女の声が聞こえた。
安西は肩ひじを立ててふとんから抜け出し、片方の手で女の子の髪を軽くなでた。
たった3日後に安西はまたその家に来た。まだスキャンダル写真の真相を見つけられてはいないが、もしもみほちゃんにそっくりな女の子がいるのであれば確かめなければならなかった。
「今晩の子はこの前の子よりも慣れておりますわ」
着物の女が笑みをたたえてまた鍵を手渡した。
「え? 別の子ですか」
「えぇ。いいじゃありませんか。あら、浮気のようなお気持ちでいらっしゃいますか?それもいいじゃありませんか。娘たちは眠っていてどの方とお眠りになったかも覚えていないのですから」
あぁ、と曖昧な返事をして部屋に入り、着替えをすませた。