小説

『オタクの恋』(『かえるの王様』)

「ハジメ殿、おはよう! 昨日は助かったよ」
 タイミングが良いのか悪いのか、ハジメの席に向かいながら山下が言った。
「おはよう、山下くん、テストの手応えはどう?」
 身体全体に広がる、インフルエンザの前兆の様な、お化け屋敷に入った後の様な。とにかく、複雑な気持ちを紛らわすようにして明るい声を出してみる。
「うん、まあまあかな~」
 山下くんは、僕の様子に違和感を感じることなく答えている。良かった。
しかし、『まあまあ』と言えど、彼は学年でトップを争うほどの学力だ。
 僕には、何人も有名大学に合格させた実績のある家庭教師がついているのに、この差は一体何だろう。
大学受験まで残り半年を切っているのに、僕は幾つかある志望校(父に薦められた大学)の一つでも受かるのだろうか。
「それよりさ、昨日もガチャガチャ行ったんでしょ? ランちゃん出た? 紫のカプセル!」
 しっぽを振る子犬のように、無邪気な笑顔を見せる。やはり、彼は、僕に負けず劣らずの『ラブ☆バンド』好きなのだ。
「いやあ、それが、また緑だったよ。最後の一個が、なかなか難しいね」
 緑のミレイ・・・・・・自然と視線が黒谷に向いた。
 その時、微かに彼女と視線が交わった気がしたが、きっと気のせいだろう。
「ハジメ殿なら、ガチャガチャぐらい買い占められるんじゃない?」山下が耳打ちをする。
「一日に一回って決めてるんだよ。運試しみたいなものでさ。持ってない色のカプセルが出ると、明日は大吉!」
なーんてね、と笑いながら言ってるけど、僕は昔からジンクスみたいなものを信じているタイプだ。
『ラブ☆バンド』のカプセルは全部で十色ある。
 メンバーカラーが充てられたキャラクターのフィギュアが入ったカプセルが七色(赤、橙、黄、緑、青、紫、白)と、その他が四色(黒、茶、灰色、肌色)。その他に入っているのは、アニメに出てくる喋る猫のキャラクターや、メンバーが演奏するポップな色の楽器だ。三百円にしては、なかなか手が込んでいる。
 かれこれ一ヶ月以上、ほぼ毎日のように通っているが、なかなか揃わない。
 残るは、ランというメンバーの紫だけだ。

「おはよう! みんな席に戻れよー!」
 やたら声の通る体育会系の担任が、今日も、やたら元気に登場した。
 僕の席は窓側の最後列だから、生徒が次々と各自の席に散っていく様子が見渡せる。山下が「じゃっ」と言って離れるのと入れ違いに、黒谷が自分のバッグをゴソゴソと探りながら近づいて来ている気がする。
 彼女の席は窓側の真ん中辺りにある。女子グループが集まっていた場所からだと、その動線では自分の席まで遠回りになるはずだ。
 目の錯覚か?視力の低下?なんてな。
 コトンッ
 僕の机に何かが接触した。
 ぼーっと、様子を伺っているが、彼女は目も合わさずに通り過ぎていった。

 
「――――!!!!!」

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