小説

『地球玉手箱現象』馬場健児(『浦島太郎』)

 からかうように竜斗がこたえる。
「ああ・・昼寝して目を覚ましたら、もれなく爺さんになってたよ」
 冗談のつもりだろうが笑えない。
 短く咳払いをして浜岡が続ける。
「明日のライヴは中止だ。オーナーから連絡あった。
どっちにしてもいきなりこんな爺さんになっちまったし、ドラムなんか叩け
ねぇけどな・・」
 浜岡は力なく笑った。
「中止って・・ライヴぐらいやれんだろうが!だいたい俺たちのファンが許さ・・」
 竜斗がまくしたてようとするのを遮るように浜岡は静かな口調で制す。
「世の中みんなジジィとババァになったんだぜ。
 キャーキャー騒いでくれてた女の子達も、皆んなクソババァになったんだよ。
 お前だって飛んだり跳ねたりしてもう歌えねぇだろう。
 生まれたばかりの赤ん坊でさえ老人になっちまったんだ。
 みんなそのうち死んでしまうんだよ。もう誰も生まれてこないんだぜ。
 世の中が壊れちまったんだ。狂ったんだ。
 ロックだのパンクだのもうただのノイズでしかないんだよ」
 浜岡の言葉はボディブローのように重く、竜斗は言葉を飲み込んでしまった。
 いたたまれなくなって携帯を切ろうとした瞬間、浜岡の嗚咽が聞こえた気がしたが構わずに携帯を床に放り投げベッドに横になった。
 ベッドの軋む音が浜岡の泣き声にも聞こえた。

 未来が消えてしまった。
 竜斗にかかわらず沙織の未来も、浜岡の未来も、海野の未来も・・
 そのうちに未来などという言葉さえ消えて無くなるだろう。

 沙織がやっと深く息を吐きながら体をずらして、竜斗の横に滑り込んできた。
 泣き声のようなベッド音を聞きながら目を閉じると、この悲惨な現実だけが竜斗の心を覆い始めた。
 俺はミュージシャンになるんじゃなかったのか?
 ミリオンヒットを連発するんじゃなかったのか?
 若者を熱狂させるカリスマになるんじゃなかったのか?
 憧れのあのアーチストのように・・  
 思い描いていた未来が木っ端微塵に消えた。
 しかもたったの3秒で・・。
 そのまえに俺は今日、沙織と結ばれるんじゃなかったのか?
 童貞を捨てて大人の男になるんじゃなかったのか?
 何も経験せず、何も挑戦もせず、何も選択せず、何も実現せず、失敗も
 成功も体験せず、若者のまま体だけが人間の最終形態である老人になってしまった。
 浜岡の言う通りだ。

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