「だけどそれを監禁してまでさせたら犯罪ですよ」
「まあ、確かにその通りだ」と河童はあっさりと認めた。
「そうなんじゃが、そんなホテルは幾らでもある。つまりこの辺りじゃ誰からも咎められないんだよ」
「このホテル以外でもあるなんて・・・」
「修学旅行中の生徒を一人でホテルに入れてしまえば思い通りだ。それに自分が閉じ込められても、別行動をしたがる生徒が増えている。修学旅行の生徒なんて、一人ぐらい違うことをしてもいいと思わないか?」
「違うことでも楽しくないことだ。ぼくは英語文章を暗記する必要がない。あなた達の発音にも興味がないんだ」
河童は首を回してから長い溜息をついた。
「そうか嫌なのか、でももう手遅れだぞ」
「ぼくを見逃してくれませんか?」
「まさか、無理じゃ。君を逃がしたら前にも言ったように、ワシはただじゃ済まないことになる。体の半分を奪われるんだ。残虐だと思わないか?」
「えっ、体の半分が奪われるだって!」
「そう、全身麻酔をされている間に、腕なんかをスパッと除去していくのさ。聞くだけでゾッとするだろ」
河童の話を想像しただけで、ぼくは恐ろしくなった。
河童が部屋を出て行ってからぼくはベッドで仰向けになった。天井を眺めているとこれまでの生活の記憶が薄れていく気がした。
電話をかけて誰かと話がしたい。そんな気持ちになるのは久しぶりだ。そして誰かに命令されている河童も逃がしてやりたいと思った。
カーテンを開くと日が暮れている。午後の8時近くになっていた。ホテルから夕食の説明は何もなかった。誰かが食事を用意してくれなかったら夕食抜きで一晩過ごすことになる。河童の心配をしている場合じゃなかった。
午後の8時過ぎに部屋の電話が鳴り、ドアを開けるよう指示が出た。電話の声で河童だとわかった。急いでドアの鍵を解錠すると、外国映画で見るような種類の美しい女が、大きな箱を抱えて部屋の中へ入って来た。それからルームキーをクローゼットの中へ置いた。彼女は話しかけられない程の気品を備えている。二十代後半に見えたが三十才を過ぎているかもしれない。全身を黒の衣服に包み両腕に白い手袋をはめていた。髪は後ろで束ねられ、威厳を示すように丸く膨れている。
彼女は手袋を外して大きな箱を開いてから、音もなく窓際へ進み箱の中にあった料理をテーブルの上に置いた。ぼくは立ったまま、彼女の手で陳列されていく料理を眺めていた。高級そうなフランス料理だった。キジのキャベツ添え、りんごのフランベル、ペースト状のタラコを載せたトースト、それにエスプレッソコーヒー。全てを並べてから彼女は人差し指をテレビへ向けた。エッフェル塔の映った画面がつき
―ここを読んで理解しなさい―