小説

『河童の国』佐々木卓也(『河童』)

 との字幕が出ている。
「あなたは日本語を話せる?」とぼくは尋ねた。
―いいえ、でも君の言うことを理解できるわ―
 彼女はフランス語で話し、ぼくはその意味をテレビの字幕で知ることができた。
「あなたは河童さんに頼まれてこの部屋に来たの?」
―ええ、そうよ―
 彼女はぼくを見ないでテレビの方へ顔を向けて話していた。ダイヤモンドを宿したような大きな瞳にぼくは見とれてしまった。
―河童は忠実ね。でも組織に利用されているわ―
 ぼくは椅子に座って字幕をずっと目で追っていた。その間に彼女はクローゼットの方へ歩き始めその中に入って居なくなってしまった。立ち上がって彼女の姿を探しても、クローゼットの下にハンガーが落ちているだけだった。独りきりになった部屋でいつの間にかテレビの画面は消えている。
 テーブルに残された料理を食べ、ぼくの空腹は治まり少し気力を取り戻せた。皿やグラスを片付け、洗面台で水を飲むと頭が冴え始めた気がした。でも彼女が部屋でしたことは、現実にあったことなのか幻だったのか確信を持てない。テレビをつけても、彼女言ったフランス語の字幕は残っていなかった。
 英語文章の暗記に取り組まなければ先が見えない。早くホテルの外へ出たい。この一室に閉じ込められ、元の生活に戻れなかったら死んでも死に切れない。まだ家族と連絡が取れないし、修学旅行の期間もすぐに終わってしまう。
 再び部屋の電話が鳴り始めて、河童がこれから部屋に来ることになった。
「君の勉強した跡を見せてくれ」
「何も書かないで暗記したから勉強した跡はありません」とぼくは嘘を言った。 
「一通り最後まで暗記しました」
「ああ、そうか。読んで覚えたんだな。たいしたもんだよ」
 ぼくは河童のためにお茶を用意して、少し休ませてほしいと伝えた。河童も疲労を滲ませながらそれを認めてくれた。
「ところで河童さん」と言ってぼくはこれまで聞けなかったことを尋ねた。「どこの誰が体の一部を奪うなんて恐ろしいことをするんですか?」
「まあここだけの話、フロントの男がやるんだよ。一階にはVIPルームがあって、やられる者はそこに呼ばれるんだ。裏でその指示を出しているのがこのホテルのオーナーだ」
 ぼくはしばらくの間絶句した。「どうしてその証拠を掴んで外部に通報しないんですか?」
「ワシもそうしようとしたよ。事実を知る数人の従業員も試していた。現場を録音しようとしたり、録画しようとしたりしたんだ。でも全て失敗だった」
「何か別の方法はありませんか?」

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