「もうお話ししてしまいますけど……さっき、うちのお店にガサ入れが入ったらしいんです。で、まずいから今日は仕事切り上げて全員帰れって。まあ、仕事切り上げて何の意味があるのか分からないですけど、うちのスタッフも混乱してるみたいです」
「ガサ入れって、警察ですか」
「いえ、税務署です。税処理が適当だから目を付けられたんですね、きっと」
親しいスタッフが状況を詳しく教えてくれたそうで、どうやらかなり内部調査されたうえで、脱税の疑いで乗り込まれたらしい。
「彼もお店が脱税してるなんてまったく知らなかったみたいです。ただ、罰金やら追徴課税やらでもう営業はできないかもって言ってました。小さいお店ですしね」
「じゃあ……ミズキさんも?」
「私はどうとでもなりますよ。さすがにお店の子たちがどうこうって話にはならないと思いますので。まあ、別のところを探します」
なんでもないことのように言って、ミズキさんは身支度を始めた。その拍子にミズキさんの身に着けているネックレスが揺れて、反射した光が俺の目を射した。
水銀にも似た危うく美しい光。
もう会えない。
永遠に。
なぜだかそんな予感がした。
「一緒に行きませんか」
俺の言葉に、ミズキさんは振り返った。
なんの起伏もない、どこまでも穏やかなその表情を見て、自分は告白したのだと初めて気が付いた。
ミズキさんは何も言わない。
返事を待たずに彼女の手をとれば、それですべてが終わるのだろうか。
それでいいのかもしれない。
彼女を連れて、夏の夜を追いかけよう。
アンタレスを目印に。
月に映る、手を取り合った二人の影絵だけをこの世に残して。
「……いいですよ」
やがて口を開いたシェヘラザードは、やさしく微笑んでいた。
その返事を俺が理解するより早く、彼女はバッグに手を掛け、そして、
「駅まで一緒に行きましょう」
盛大に勘違いした。
ほとんど会話がないままに、金曜の夜を二人で歩く。空振りした告白をもう一度するかどうかで悩み続けるうちに、駅が見えるところまで来てしまった。
「あの」
突然のミズキさんの声に、思わず立ち止まってしまう。
「はい?」
「この間、言いましたよね。いつも会いたい人がいるって」
「ええ」
改めて周りを見ると、そこはまさしく二週間前にその質問を受けた場所だった。
「それは、私でしたか?」
「…………」
あの時、恥ずかしいほどに感情を出してしまった後で。
俺が会いたいと思った人は――。
「……なあんだ。残念」