小説

『シャフリヤールの昼と夜』里中徹(『アラビアン・ナイト』)

「混んでますね、さすが金曜日」
「ええ。でもこの辺りはまだ少ないほうだと思いますよ」
 ミズキさんは慣れた様子で周りを見ている。商売柄、夜の雰囲気は見慣れているのかもしれない。一人で歩いているときはひっきりなしに声を掛けてくる客引きも、今は男女で歩いているせいかまったく寄り付かない。
「ミズキさんと歩いていると客引きも来ないですね。というか、そもそも客引きってやっちゃだめなんじゃないんですかね?」
「風営法の客引きって定義がけっこう曖昧なんですよ。ああいう風にみんなに声を掛けている限りは、どっちかというと呼び込みですね。まあいずれにせよ、カップルっぽい人はスルーですよ。キャバクラなんて行きませんからね」
 カップルという、何気ないミズキさんの言葉にどきりとしてしまう。
 俺とミズキさんは今、周りからどう見えているのか。そんな考えがちらりと入り込んできて、ちょっと笑ってしまう。良い年をして、思春期のようにとまどっている自分がひどく滑稽だった。
「……あの、迷惑じゃなかったですか?」
「え、なにがですか?」
 俺の問いかけに、ミズキさんはきょとんとしている。
「業務時間外ですよね、それなのに私に付き合ってもらって」
「大丈夫ですよ、アフターも仕事のうちですから」
 思いの外ビジネスライクな回答に一瞬言葉を失ってしまう。そんな俺の反応を見て、ミズキさんは口元をおさえて笑った。
「冗談です、意地悪でしたか?」
「いえ、そういうものなのかなと」
「そこまで仕事人間じゃありませんよ。こうしてお話しながら歩くの、私も楽しいです」
 後ろ手に組んで歩くミズキさんはリラックスしている様子で、少しほっとする。
「そう言ってもらえると助かります」
「星は……見えないですね。明るいからなあ、東京は」
「星ですか」
「ええ。向こうは南だから、今の季節はアンタレスがきれいなんですけどね」
「アンタレス?」
「さそり座の赤い星です。きれいですよ。夏の間だけですけど、星が見える時に探してみてください」
「へえ……千葉なら見えるかな」
 ミズキさんがちらりとこちらを見た。
「千葉ですか?」
「ええ、私、今度異動で千葉に移ることになったんです」
「そうなんですね。ご栄転おめでとうございます」
「栄転……でもないんですけどね」
 気が付けばそんなことを口走っていた。
 ミズキさんと目を合わせないままに、俺はひとり喋り続ける。
「左遷みたいなものですよ。昇進する人間のためにポジションを空けなきゃいけない。だから不要な人間は支店に飛ばして本社のポジションを空ける。それだけのことです」
 まるで魔法にかけられたように、次から次へと言葉がこぼれていく。
「仕事がすべてじゃない。それは分かってます。でもやっぱり悔しいですよ。今までの仕事は何だったんだって。結局誰も俺のことなんて見てなかった。上司も、部下も、家族も――」

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