小説

『シャフリヤールの昼と夜』里中徹(『アラビアン・ナイト』)

 もう、夜だけに生きていこうか。
 そう思った。
 昼間は人間のふりをして、呼吸だけすればいい。
 金曜日の夜にだけ、こうしてメンテナンスをしてもらえばいい。
 悦びの感情しか持たない、出来損ないの人工知能。
 それでいい。
「人工知能が感情を持つなんて、夢のまた夢ですね」
「……そうなんですか?」
 いつもと同じく、行為の後にミズキさんから話を聞いていた。今日のテーマは人工知能。曰く、今の人工知能はとても知能なんて呼べる代物ではないとのことだった。
「有名な学者さんも言っています。機械は愛することも、愛されることも不可能だろうって。アラン・チューリング。知ってます?」
「いいえ。ミズキさんは本当に何でも知ってますね」
「まあ、広く浅くというかなんというか」
 ミズキさんははぐらかすように笑っているが、浅くだなんてとんでもない。経済、歴史、人文、民俗、自然科学。あらゆるジャンルの知識を持ちあわせ、それらを縦横に組み合わせてはいつも面白い話を教えてくれる。単純な知識量ばかりではない。話術もすばらしく、話を聞くたびに続きが気になって仕方ない。
女性としての魅力はもちろんだが、この知性溢れるピロートークにもどうしようもなく惹かれている。そうして気が付けば、いつも彼女を指名していた。
 どうしていつもお話を聞かせてくれるんですか、と一度尋ねたことがあった。
――お話を続けないと、殺されちゃうんです。
 真顔で言うものだから、最初は驚きで言葉を失った。そんな俺を見て彼女は吹き出した。
――私、シェヘラザードじゃありませんよ。
 アラビアン・ナイトを知らなかった俺は、そのあと自らの命を守るため、千と一夜を語り継いだ少女の物語を教えてもらった。
 それはシェヘラザードと同じ、彼女なりの処世術なのかもしれない。男に毎夜話を語り継いでは、次の約束を取り付ける。そうして夜を渡り歩く。夜だけに生きる。
 俺もそうなりたい。
 月とともに現れて、朝日を浴びれば消えてなくなる、そんなふうに。
「あ、もう時間ですね」
 ミズキさんはベッドから起き出すと、おっとりした動きで服を着ていく。
「ありがとうございました。来週も指名していいですか?」
「もちろん。いつもありがとうございます」
 次の約束を取り付けられたことにほっとする。分かってる。彼女にとってこれはビジネスだ。それでも俺はまた、来週のこの時間のために生きていける。
「どうぞ」
 備え付けの冷蔵庫からペットボトルのお茶を取り出し、ミズキさんに差し出す。
「ありがとうございます。お金……」

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