俺の沈黙は、質問への答えそのものだった。ミズキさんはオーバーリアクション気味に肩を落とすと、静かな声で続けた。
「一緒にいるべきは、その人なんじゃないですか」
「それは……」
一緒にいたいと思う、その感情にも種類がある。男として、あるいは父として。
あの瞬間、俺は後者だった。
けれど、その願いは叶わない。
「難しいんですか? その人と一緒になるのは」
「そう……ですね。誰も認めてくれないでしょう」
親権の変更は、余程の事情がない限りまず認められない。単独親権、母性優先、監護継続――親であり続けようとあらゆる情報を調べ尽くしたあの日、俺は現実を受け入れることしかできなかった。
「その気持ち、相手には伝えたんですか」
「まさか。向こうはそんなこと望んでいません」
「私は、うれしかったですよ」
「え?」
「一緒に行きませんか――良い言葉だと思います。私なら、きっと忘れない」
ミズキさんは少しのあいだ目を瞑り、それから駅の方向へ歩き出した。
その時、自分は振られたのだとようやく理解できた。
――もしもーし。
――もしもし、いま大丈夫?
――いいよ、どうしたの。
――いや、別に用事があるわけじゃないんだけど。
――はあ? 何それ。
――来週、千葉に移るよ。
――そう。じゃ、今バタバタしてるんだ。
――あとな、振られた。
――え?
――前に言ってた、孤独に気付くってのは本当だな。
――……。
――やっぱり、寂しかったのかもな。
――そっか。
――すまんな、いきなりこんな話して。
――ね、今どこ?
――え?
――今どこにいる?
――家だよ。品川。
――いつものとこで会えない?
――丸の内? いいけど、今から来れるのか?
――言ったでしょ、また会ってあげるって。
土曜日の午前、明里への電話は思いもよらない方向へ倒れた。異動直前の、予想外の面会。
何かに背中を押された気がした。
ふとスマホの画面を見ると、いつの間にかチャットアプリに新着メッセージが届いていた。
『新しい環境でも頑張ってください。大切な人といられると良いですね。』
背中を押してくれたのは、千と一夜を語り継ぐ少女だったのかもしれない。
少し考えて、返信のテキストを打つ。
『ミズキさんも身体に気を付けてください。私はこれから可愛い女の子と会う約束があります。』
窓の外を見れば、ベランダの向こうに見える空はどこまでも青く、雲が眩しいくらいに白い。
『告白でもしてみますよ。』
今度は迷わず、送信ボタンを押した。