小説

『男と鬼』加藤照悠(『桃太郎』)

 定子は男を連れ、逆賊の襲来から避難するという理由で、裏門を出た。暫くして定子は城に戻り、男は町を出て北ヘ逃げた。その後、風の噂で聞くには、男たち4人の悪党は横領の罪を問われ、主犯の男・モリヒコ・タマオミが処刑されたものの、タケルが行方をくらました、タケルの逃亡を幇助した疑いで、定子が城を追放された、それから、4人の村に城から調査団がやって来たが、4人の家族を含めて村人への懲罰は行われなかった、とのことだった。

 男は北へ北へと進むうち、やがて反政府勢力の村に辿り着いた。そして、一か八か、南の領主に仲間を殺され、都の政権にはもうついていけないことを必死に訴えた。義賊たちを殺したことは黙っていた。反政府勢力としても兵員は必要であり、男には誠実な印象があったので、兵士として受け入れられることとなった。そして、信頼を得た男は再度結成した義賊団のリーダーとして遊撃し、遂に討伐に出向いた領主を打ち破るに至ったのである。男は英雄として凱旋し、名家の娘と結婚した。数年後には男の子を授かった。

 しかし、男の気分が心から晴れることはなかった。都の政権が、本腰を入れて東方の守りを固めてきて、境界線際での小競り合いが絶えない。また、男たちを騙した領主は打ち破ったものの、4人の名誉が回復することは無かった。どんな支配者でも、出る杭には警戒したくなるのだ。男にも、その気持ちは分かるようになってきた。今居る村の若者の中には、都の政権と和睦しようと考える急進的な連中がいて、たまにそんな意見が盛りあがったりする。その都度、男が釘をさすのだ。奴らは信用できない、正直者を平気で騙すのだと。

 あるとき、男は商人たちの護衛のために越境し、久しぶりに故郷の村に立ち寄った。お爺さんとお婆さんはすでに亡くなっていたが、近所の者から2人の晩年の話を聞くことができた。2人は、男が死んだと聞かされて悲嘆に暮れた。当然、宝を横領したなどとは信じなかった。逆に、領主が嘘をついていると疑っているようだった。しかし、領主から村に不作の見舞金という名目の口止め料が支払われ、村人たちは事件について口をつぐむようになった。また、たとえ領主が変わったとしても、農村から英雄が出ては支配者にとって都合が悪いだろう。そこで2人は、当たり障りのない童話として、男の物語を残すこととした。仙人の桃で若返った老夫婦が授かった桃太郎、成長して仲間の動物たちとともに悪い鬼を退治し、村に持ち帰った宝で幸せに暮らしましたと。

 男は北の村へ戻り、霊媒師に会った。そして、「桃太郎という童話は、これからも語り継がれるのでしょうか」と訊いてみた。霊媒師は、村の英雄からの珍しい依頼に張り切り、未来を占った。お香を焚き、音楽を鳴らし、秘薬を飲んで数分後、霊媒師は突然痙攣して何事かを喚き、しばらく落ち着かない様子をしていたが、やがておどろおどろしい声で語り始めた。「桃太郎はこの国の昔話として、長きに渡って語り継がれる。その由来は、第7代孝霊天皇の第3皇子・彦五十狭芹彦命(ひこいさせりひこのみこと)と稚武彦命(わかたけひこのみこと)の兄弟が吉備国を平定した活躍であり、古代の大和政権と吉備国の対立構図を、桃太郎と鬼の争いになぞらえたものである。岡山県の笹ヶ瀬川は桃太郎の桃が流れた川、あるいは桃太郎との戦いで傷を負った鬼の血が流れた川とされる。日本列島が統一された後、桃太郎は全国民の教育に引用されることとなった。桃太郎は桃から直接生まれ、動物たちは家来となり、鬼たちは問答無用で襲いかかってくることとされた」と言ってから、霊媒師は気を失った。

 男は思うのだった。何てことだ、俺のことなんか微塵も残っちゃいない、その時の支配者に都合のよいことだけが残っていく、これではあの3人も報われない、と。しかし、こうも考えるのだった。俺も考えようによっては酷いこともしたのだから、事細かに伝えられなくて良かったと言えるのかもしれない、そう言えば、お爺さんとお婆さんの男の子も、実際はかなりの乱暴者だったのかもしれないな、だとしたら騙された、人の言うことは程々に信じた方がよいのだな、と。

 伝え聞くところによれば、昔領主の城を追放された定子は、その後暫くして再婚し、今は幸せに暮らしているらしかった。ふと、男は、自分も目の前の幸せを大切にしたい、と思った。意見の違う人間を成敗するのではなく、自分の内側の鬼を退治できるようになりたい、そしてそんな子を育てたい、と。

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