小説

『男と鬼』加藤照悠(『桃太郎』)

 城下町に突然現れた4人の田舎の若者たちが、金銀財宝を積んだ牛車を2台も引いている姿は、否が応にも目立った。すぐに地方官吏が駆けつけて素性や目的を尋ね、翌日に領主と面会する運びとなった。義賊たちが倒されたという衝撃的な知らせは、瞬く間に広まり、話を聞きたがる物好き連中が宿屋へ押しかけたため、4人は地方官吏の家へ泊めてもらう羽目となった。地方管理一家にとっては突然の宿泊客で、はじめ困惑していたが、4人の実直な人柄と今回の武勇談もあって、温かいもてなしを受けることができた。

 夜が明けて、お昼過ぎまで城下町と城内を見学した後、いよいよ領主との面会である。4人を代表して男が経緯を説明すると、領主から以下のような労いの言葉があった。義賊たちがこれまでに悪行の限りを尽くしてきたこと、領主として領民の安全を常に憂慮してきたこと、男たち4人が人並み外れて勇敢で行動が迅速だったこと、奪われた宝を素直に返却しに来て感心したこと、今回の件を聞けば遠く離れた都の政権も感謝するであろうこと、今晩4人をもてなす宴会を開くこと。男は、城の宴会に招かれることは光栄だと感じつつも、領主の発言が言い訳がましく、また田舎百姓である自分たちが歓迎されていない雰囲気を察した。それで思わず、「殿は賊の討伐を準備していらっしゃいましたか?」と嫌味を言ってしまった。さすがに領主の顔色が変わりかけたが、モリヒコの「本来なら殿の準備をお待ちしなければならないところを、緊急事態であったため行動に出てしまい、申し訳ありませんでした」という謝罪に驚き、側室らしき女房の「すぐに宴ですから」という機嫌取りで落ち着きを取り戻した。そして、領主の「宴を楽しんでもらいたい」という言葉で、謁見は無事に終了したのだった。

 男はモリヒコに礼を言い、あの女房にもお礼を申し上げなければならないと思った。城の者に尋ねると、やはり領主の側室で名を定子といい、城の奥の部屋に居るとのことだったので、案内してもらった。定子は40歳を前にした女性で、穏やかながら芯の強そうな感じがした。男は、不用意な発言をすれば周りの者にも危険が及ぶ可能性がある旨を指摘され、返す言葉も無いのでひたすら礼を言った。ふと、男は定子が男の額を見ていることに気が付いた。男は鉢巻を解いてシバザクラの模様を見せ、貧しさゆえ、生まれた時に身に着けていた布を再利用したのだと説明した。定子はそっけなく、「そうでしたか」などと答えつつ、男が定子の息子と同年代だったので助け舟を出したくなったのだ、と言った。なぜか、目じりが濡れているように見えた。右目じりの外側にあるホクロが、男とそっくりだった。男が驚いていると、定子は女性用の着物を一着持って来て男に手渡した。宴会で芸を見せろと言われたら、それを着て舞いなさい、とのことだった。男は笑いながら了承し、礼を言った。心なしか、定子も嬉しそうだった。

 宴会が始まると、主賓である4人は大勢から酒を勧められ、断るのも失礼なので、杯に注がれるままに飲んだ。村の酒とは段違いの上品さと飲みやすさで、ついつい飲みすぎてしまった。また、普段食べる機会の少ない餅や麺類、脂の乗った肉料理、豆や野菜をぜいたくに使ったスープなどが食卓に並び、まるで我を忘れたかのように食べてしまうのだった。4人が宴会芸を強要されることはなく、程よい気分のままに今回の武勇伝や村での生活のことを話すと、城の者は皆喜んで聞いてくれた。4人とも上機嫌で、あっという間に2時間が経過し、そろそろ呂律も怪しくなってきた頃、最初に異変に気付いたのはモリヒコだった。広間から城の者が段々と居なくなり、逆に廊下が徐々にざわついてきていたのである。タマオミが、槍と鎧の音かもしれないと言った。タケルが便所に行こうと言い、4人は裏門へ向かって走り出した。しかし、必死になってもまっすぐに走れないのでは、逃げ切れる筈もなく、4人は定子の部屋に逃げ込んだ。定子は状況を理解したが、少なくとも全員を助けることは難しいと判断した。そして、「恥ずかしい話ですが、あなた方は危険分子の芽だと見られたようです。横領だとか何だとか、処刑の理由はいくらでも作れます。先ほど、一人に女性用の着物を一着渡しました。どなたかがそれを着て、私と一緒に部屋を出てください」と言った。男は女性用の着物を床に置き、仲間たちの顔を見たが、3人は残って戦うと言った。それに、男が一番まともに走れる状態で、逃げ切れる可能性が高かった。男は、日ごろお爺さんとお婆さんから「酒も料理も程ほどに」と言われていたので、3人よりは度が過ぎなかったのだ。男は直ちに着替えた。すると、タケルが男の衣服と刀、鉢巻を身に着け、自分の衣服を包んで男に渡した。一瞬4人が顔を見合わせ、男が深々と頭を下げた。それが、男が3人の仲間と過ごした最後の時間であった。

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