小説

『男と鬼』加藤照悠(『桃太郎』)

 村人が飢え死にしてからでは遅いので、4人は必死になって義賊たちのアジトを探し回った。山の上や林の中、洞窟内でも見つからなかったが、流れの速い川に挟まれた陸の孤島と言うべき場所に、古びた小さな砦が在った。4人が最初に発見したとき、既に日が暮れかけていた。食料交渉の際に、出来れば一晩泊めてくれるようお願いしよう、と4人で話し合った。川に挟まれているからか、空気がひんやりと冷たく、湿気が多かった。草地を慎重に進んでいくと、やがて明かりが見えてきた。櫓に見張りは居なかった。更に近づくと、その理由が判った。砦の前庭で、義賊たちと女房たちが、酒を飲んだり肉を食べたりしながら、楽しそうに笑っていた。見張りも宴会に加わっているのだろう。近くの村で飢えに苦しんでいる者がいることなど知らぬとばかりに、楽しそうに大声で笑っていた。4人が、今まで多少なりとも持っていた義賊たちへの期待感は、すっかり消え去っていた。変わりに、激しい怒りの感情が込み上げてきていた。穏やかに交渉することなど、不可能に思えた。幸いにも、4人が近づいていることは気づかれていなかった。4人は交渉をせず、砦の周囲の見取り図をメモしてから村へ帰った。

 男はお爺さんとお婆さんに偵察の成果を報告した。そして、義賊たちと戦って食料を奪うほかに生存の道は無い、と語った。すると、お爺さんは狩りの弓矢を、お婆さんは鹿革で補強した服を、用意してくれた。2人は、4人と義賊たちとの戦闘が避けられなくなるのではないかと、予期していたのだ。しかし、どれだけこちらが準備したとしても、義賊たちの方が戦い慣れていて、しかも多勢である。男が2人と会話をするのも、これが最後となってしまうかもしれない。その時、お爺さんとお婆さんが、この村へ来て初めて、それ以前の人生について語り始めた。

 お爺さんとお婆さんは、それぞれ都で生まれ育った。2人とも貴族の出であったが、お爺さんは下級官吏の息子で、お婆さんは大臣の娘であり、大人になるまで互いの顔も名前も知らなかった。お爺さんは成人すると、宮廷で大臣に仕えるようになった。ある時大臣宅で宴席が設けられ、雑用兼太鼓持ちとしてお爺さんが駆り出された。そこで2人は対面を果たし、誠実で優しい両者が惹かれあったという次第である。その後、お婆さんも宮廷に参内するようになって再会し、男女の交際が始まった。程なく結婚しようという話となり、それぞれの両親が若干の難色を示しかけたものの、両人の決意は固く、無事に結婚したのだった。

 やがて2人は男の子を授かり、大切に育てた。その後お婆さんが流産して体調を崩したこともあり、子どもは1人きりだった。男の子は両親の性格と丁寧な教育によって、正義感の強い若者へと成長した。その一方で、1人っ子で大切にされたことと、母方の祖父が地位を持っていたことから、若干の自信家にもなった。やがて男の子は宮廷で税吏に任命された。男の子は熱心に現地を視察し、税額の不公正や払い逃れが無いかどうかを確認して回った。上司からの評判も上々であった。

 あるひどい不作の年、税金を払えない家庭が続出したため、男の子が視察と納税督促のために近郊の農村を回ったところ、法定税額を納めることなど到底できないと思われる家庭をたくさん見つけてしまった。寧ろ、税を完納しつつ満足な食料が残る家庭の方が少ないくらいだった。こうした状況を重く見た男の子は、直ちに祖父である大臣へ、今年限りの税額の減額または免除と、政府備蓄食糧の供出を、進言したのだった。しかし、当時は東方で反政府勢力との交戦中であり、政権にもそのような余裕が無く、大臣は首を縦に振らなかった。

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