小説

『男と鬼』加藤照悠(『桃太郎』)

 男は、都心からだいぶ離れた農村の村外れに居を構える、とある家庭で育った。乳児の頃の最初の記憶では、既に50歳を過ぎた夫婦に寝かしつけられていた。家族はこの3人だけだった。男はこの夫婦のことを、「お爺さん」「お婆さん」と呼んだ。夫婦から、そう呼ぶように言われたからだ。男の「お父さん」「お母さん」については、事情があって一緒に暮らせなくなった、今はどこにいるのか分からない、だが決して恥ずべき人たちではない、とだけ教えられた。もっと詳しく知りたいと思う気持ちもあったが、お爺さんとお婆さんを困らせたくはなかったので、聞かずにおいた。それに、お爺さんとお婆さんはとても親切で、生活に困ることもなかったので、直ちに問いただす必要はなかったのだった。

 男は成長し、歳の近い子どもたちと屋外で遊んだり、農作業や薪割りや家事を手伝ったりすることで、田舎者らしい健康な青年に育った。また、お爺さんとお婆さんの教育のおかげで、思いやりがあり、勉強熱心だった。村人たちは、一様に男を頼もしく感じ、特に年頃の娘を持つ親たちは、こぞって結婚相手の候補者に考えた。しかし、お爺さんとお婆さんは、20年以上前にふらりとやって来て住みついた移住者で、以前の人生について全く語らなかったため、あまり評判が良くなかった。また、両人は、男を家庭に迎え入れた経緯についても全く語らなかった。そのような事情から、実際に男に縁談を持ちかける村人は現れず、男は、仙人の桃を食べて精力を取り戻したお爺さんとお婆さんが作った子どもなのである、とまことしやかに噂されたのだった。

 さて、この地方には遥か都から派遣された領主がいたのだが、赴任中に出来るだけ財を成そうとしていたので、領民たちは税の負担が大変だった。その一方で、領主やその家臣たちはせっせと食料や家畜、武具、装飾品、貴金属などを蓄えていたので、領民たちの不満は日に日に溜まっていった。そんな折、役人の蔵を襲撃して財宝を盗み出し、貧しい人々に分け与えるという義賊の集団が現れた。彼らのリーダーは、赤ら顔で体格の良い兄と、青白い顔で長身の弟の、二人兄弟だった。兄は腕力が強くて大きな刀を振り回し、弟は長い腕で大きな槍を使いこなした。義賊たちは領民から慕われたため、領主はなかなか討伐の命令を下せなかった。また、領主としては、自分の任期中に面倒ごとを起こすよりは、蓄財を続けた方が経済的なのだった。実は、義賊たちは都の政権に従わない集団の者たちで、戦いに敗れて一旦逃げ去ったものの、ゲリラ戦を仕掛けるために戻ってきたのであった。義賊たちは順調に成果を上げ、領民の支持を集めたが、ある時農作物の不作が起こった。役人たちが食料庫の警備を厳重にしたため、義賊たちは男の村で食料を徴収した。男の村は、不作の程度が重くなかったのだ。とは言え、不作の上に、領主の税と義賊の徴収があれば、さすがに飢える者も出てくる。とは言え、これまでに義賊から施しを受けたこともあるのだから、今さら領主を頼ることもできない。過去の件でお咎めを受けることは、全員まっぴらごめんだった。

 男の家は3人暮らしで、雑穀の備蓄が有った。しかし、田畑が狭くて備蓄の無い、それでいて家族の多い家もたくさん存在したのだ。のほほんと事態を眺めていることは、男の優しさが許さなかった。男は、義賊から食料の一部を返してもらおうと考えた。その方が、役人たちから施しを受けるより簡単そうに思えたからだ。しかし、義賊たちのアジトを探索する必要があり、場合によっては一味と戦闘になる危険も少なからずあることから、勇敢な仲間が必要だった。だが、村のために命の危険を冒して体を張る者が果たして何人いるだろうか。男はお婆さんに頼み込み、キビで団子を作ってもらった。そして、友人たちのうちから、キビ団子の支給で立ち上がってくれる者を募った。果たして、男の人徳と食料の魔力で、3人の仲間がともに来てくれることとなった。頑丈なタケル、賢いモリヒコ、素早いタマオミである。

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