小説

『男と鬼』加藤照悠(『桃太郎』)

 そして、業を煮やした男の子は、自らの正義感と自信から、国王に直訴するという暴挙に至ったのである。この時に国王のお気に入りの付き人が負傷し、元来戦争に積極的だった国王は激しく憤り、大臣らの諌めの言葉も空しく、男の子は死罪、お爺さんとお婆さんは流罪とされてしまった。

 お爺さんとお婆さんは、住み慣れていたが居心地の悪くなった都を離れ、遥か東方の農村へ逃れ、村外れでひっそりと暮らしていたのである。2人とも誠実で、また勤勉であったから、何とか村人たちから受け入れてもらうことができた。また、多くはないけれども、財産を持って来ており生活に困ることはなかった。

 1年ほど経って村での生活に慣れ、男の子を失った悲しみも和らいできた頃、川で洗濯をしていたお婆さんが、タライに乗せられて上流から流されてきた赤ん坊を拾ってきた。赤ん坊は男性で、厚手の上等な布に包まれていた。布には、「どうか、この子のことをよろしく頼みます」と書かれた手紙と数枚の金貨が添えられていた。この赤ん坊こそ、男のことである。

 ここまで話し終えると、お爺さんは、奥の部屋から長い刀を一振り持ってきた。熱心に研いだためか、鋭く光を反射して、いかにも切れ味が良さそうである。お爺さんとお婆さんは口々に、この刀は処刑された男の子の持ち物だったこと、自分たち夫婦は男を本当の息子だと思って育ててきたこと、死んだ実子の代わりに神様が授けてくださったのだと思っていること、を説明した。そして、「どうかあの子の刀で身を守り、必ず無事に帰って来て欲しい」と頼むのだった。男は、返す言葉も無く、ただただ頷き、お爺さんとお婆さんの目を見つめた。綺麗に澄んだ、正直で優しい人の目だった。

 男たち4人は、翌日の朝早くに村を出発し、途中で休憩して英気を養った後、日没後に義賊たちの砦に近付いた。はたして、またもやそこでは宴会が開かれていた。義賊たちにも、自分たちの活動が成功しているため、慢心が生まれていたのである。まさか農民たちが刃向って来るなどとは、考えていなかった。宴たけなわとなった頃、タマオミがいきなり火矢を放ち、タケルを先頭に3人が砦内に突入した。矢は、食糧庫と家畜舎から離れた地点を狙い撃った。逃げる敵は追わず、少しでも抵抗する敵は速やかに挟んで殴り倒し、まず何よりもリーダーの兄弟の許へ急ぐという、モリヒコが立てた作戦を徹底した。兄弟は率先して酒を飲んでいて、また自分たちの実力に自信があったことも災いして、逃げ遅れた上に、まともに武器を扱えない状況だった。飢え死に寸前の村人たちの期待を背負って乗り込んできた、威勢の良い若者たちを止められるわけがなく、兄弟はあっさりと切り伏せられた。兄弟が敗れると、残った義賊たちは逃走した。4人は勝利したのである。ところで、負傷したりして逃げ遅れた義賊や投降した女房が数名いたのだが、戦いに慣れていない4人は、彼らの抵抗を必要以上に恐れ、全員殺してしまった。殺された捕虜たちは、「卑怯者め、お前らが貧しいのは、俺達のせいではないのだぞ」といったようなことを叫んでいた。殺してしまった後、自分たちでは捕虜たちの面倒を見られないし、捕虜たちは信頼できる相手でもなかったから、処刑は止むを得なかったのだと言い訳しつつ、男たちは自らの行動に恐怖し、捕虜たちの恨み節が耳にこびりついてしまった。

 食糧や財宝を持ち帰った4人は、村人たちから熱狂的な歓迎を受けた。4人は作物と家畜といくばくかの金銭を村民に分配し、財宝の殆どを領主へ納めることとした。それぞれの財宝の持ち主を特定することなど出来なかったし、義賊たちが居なくなったことは直ぐに判明して財宝回収が始まるだろうと考えたためである。かくして4人は、数日後には、村人たちが温かく見送る中、川の上流の丘の上に位置する、領主の城へ旅立った。出発前に、お婆さんが、男が赤ん坊の時に纏っていた上質な布を仕立て直した鉢巻を取り出し、お爺さんがそれを男の額に巻いてくれた。田舎者の男が、少しでも町や城の者から見下されないようにと、2人なりに考えてのことだった。

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