「ごめん……」
ボクはつぶやいた。
「本当に、ごめん」
これ以上、耐えられそうにない。
「もう、手伝えないよ」
いきなりすぎるボクの言葉に彼女は目を丸くしていた。そうだよな、驚くに決まってる。ボクがいないと彼女は変身できず、王子が来るかもしれない舞踏会に参加できないのだから。ボクは卑怯だ。自分が嫌いになる。彼女がなにか言うその前に、逃げるように屋上から立ち去った。
彼女はきっと来ないだろう。DDRの女神は、今夜はお休みだ。ボクは久しぶりにビデオゲームのフロアで格ゲーにコインを積んだ。久しぶりに握ったスティック。技が決まらないのは久しぶりだからか、今にも気を緩めると涙がでそうだからか。その両方か。彼女の気持ちに応えられずに途中で逃げ出した自分自身がキライだ。殺意にも似た怒りがわいてボクの血をたぎらせた。攻撃的に見ず知らずの相手に挑んでは殴り倒されるのに疲れはじめた頃、階下から歓声が聞こえた。
「え?」
彼女がいる? ボクは残りのコインをポケットにつっこんで螺旋階段を降りた。途中で気がつき、ボクの足が止まった。
彼女じゃない。オーディエンスに囲まれて踊っていたのは男だった。ボクはすぐに気がついた。無邪気で楽しそうな、ウサギがとびはねるような軽妙なステップ。ナツメとは違う大きな手のふり。ナツメとは違う「どや」の笑顔。あれはSNSで何度も見た、腹が立つほどキレイな顔をした、秋村スグル。ナツメの神、ナツメが待ち続けた王子だった!
秋村はすっかり見る者をとりこにして味方につけていた。音楽に乗って、秋村にのせられて、オーディエンスもリズムをとっていた。手拍子やかんたんな手のふりをみなでマネして遊んでいる。あ、そうか。彼はここの店員だった。それもカリスマ。あんな風にステージに上がってみなの注目を集めることは彼にとってはなんでもないことなんだ。ボクには絶対まねできない。はじめからあの王子とボクとでは勝負にすらならなかったんだ……。
突然、曲の途中だというのに、秋村がゲーム機から降りた。彼はそのまま少し歩くと、オーディエンスの中から地味な女子高生を一人ひっぱりだした。
「ナツメ……!」
ボクの声は歓声にかき消された。ノーメイク、ノーコスプレのナツメの手を引いて秋村はゲーム機に戻った。そして、ポケットからコインをじゃらりと出すと、手慣れた手つきでそれを高く積んだ。あの枚数は明らかにルール違反だ。はじめはただ緊張で震えていたナツメも、それを見るとポケットからありったけのコインを出して、秋村と同じように高く高く積みあげた。その無言のやり取りが意味するのは、
「一緒に踊ろう、いつまでも!」
「もちろん、よろこんで!」
そんなところだ。神同士、ゲーセン仲間同士に言葉はいらない。選んだ曲は最高難易度。二人の神が踊り出す。オーディエンスはいつのまにかすごい数になっていて、一緒に踊るヤツや、動画を取るのに夢中のヤツ、ヒトに囲まれてその場から抜け出せなくなったマヌケなボクなんかもいて、螺旋階段とDDRの周囲はごったがえしていた。
ナツメは踊った。彼と手をつないで、ステップをそろえて、場所を交換したり、手のふりで遊びながら、はじけるような笑顔を見せて。ボクはただそれを見ていた。まるで、時が止まったようだった。ボクにはすべてがスローに見えた。それは、長い長い時間だった。ナツメと彼には一瞬だったのかもしれないけど。もうすぐ真夜中になろうとしていた頃、ナツメが時計を見て我に返った。ナツメの家は門限が11時。塾なんかでどんなに遅くなろうとも11時が限度だった。それをとっくに過ぎていた。