小説

『午前0時の舞踏会』島田悠子(『シンデレラ』)

 チャイムが鳴り、みんなが各々の席へと戻っていく。ボスザルが文月ナツメの肩にドン、とぶつかった。
「あ、ごめん。見えなかった」
 ボスザルが皮肉っぽく言う。ナツメは落としたメガネを拾ってハンカチで拭くと黙ってそれをかけた。現国の教師が教壇に立ち、今日もかわりばえしない授業風景がくり返される。
 文月ナツメはこのクラスでは最低カーストのみじめぼっちだ。さっきもトイレに行っていたと思われるが、その前の時間にも行っていただろうことを思うと生理現象で行っているとは思えない。その気持ちはよくわかる。かくいうボクも彼女と似たような境遇だから。幸い、このクラスの男子の中にはボスザルみたいな弱い者いじめが好きな悪質なリーダーはいない。そういう意味では、ボクは正真正銘のぼっちだ。一週間すごしてしゃべった相手が家族を抜かせばコンビニの店員だけってときもザラにある。あまりにしゃべらなすぎて自分の声を忘れかけたこともあった。ふいにしゃべると声が変になる。それを回避するため、朝起きるとボクは誰かと話すときにそなえて声帯を使っておく。「あーあー、あいうえお」誰もいないところでと発声練習をしてから制服に着替えている。

 ナツメがペンを落とした。すかさず隣の女子がそれを蹴る。ペンはどこか遠くへ行ってしまった。直接的な暴力や暴言ではなく、ああいう陰湿な嫌がらせでナツメはボスザルグループにいじられていた。ナツメはペンを拾うのをあきらめたようだ。ペン一本なくとも問題はないのだろう。彼女はペンケースから全く同一のペンを取り出して使い始めた。ボスザルが「マジか」と声なく口の形だけで仲間に言う。ボクはナツメのそんなメンタリティーを尊敬すらしている。彼女は強い。きっと、ボスザルよりも。その強さのワケが知りたかった。

 それは全くの偶然だった。秋葉原のゲーセンで格ゲーの順番待ちに飽きてテトリスをしていたとき、螺旋階段の下から「わぁっ」という歓声が聞こえた。ビデオゲームのフロアの下は音ゲーのフロアだ。神プレイヤーがいるのだろう、ボクはそう思った。秋葉原ともなると、そう呼ばれる凄腕の廃人ゲーマーが出没する。神はその超越した腕前を「どや」とばかりにオーディエンスに見せつけ、野次馬たちはその参考にもならない極限プレイに驚嘆し、ゲームという世界の深遠さに酔いしれる。もちろん、言うまでもなくボクは神ではない。そんな特別な腕はどんなゲームにおいても持ってはいないし、神とは違って自分のプレイを誰かに見られたいとも思わない。ボクはゲームに自信があってこんな聖地で遊んでいるんじゃない。ただ、高校の帰り道に秋葉原があり、ここなら学校のヤツに会わずにすむから。一回50円のテトリスはいつもどおり平凡なレベルで順当にゲームオーバーになった。このゲームは名作だと思う。全ての落ちものゲームの祖であることは言わずもがな、ちょっとした凡ミスの積み重ねで気づくと全てが破綻してしまうところが学校生活と酷似しているから。テトリスは人生の縮図だ。あの長い棒だって最後の最後の局面にはありがたくもなんともない。自分の首を絞めるだけだ。人生にはラッキーが致命傷になることだってある。

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