小説

『午前0時の舞踏会』島田悠子(『シンデレラ』)

とだけ。他の言葉も胸の中にはあふれているのに、のどにつかえて言葉にならない。言ってしまうと逃げて行ってしまう気がして。ボクが言葉につまっているのを見て、彼女がほほ笑んだ。
「急がなくていいよ、今じゃなくてもいいし。言うなら、ずっと待ってる」
 いつか、ボクが彼女にかけた言葉だった。
「ボクも、好きだよ。ナツメ」
 ボクの想いは案外すらっと言葉になった。シンプルに。でも、これが全てだったから。
 ナツメがほほ笑んだ。
 ボクも笑顔を返した。
 神と凡人。ゲーセン仲間同士、言葉はいらない。

 あとになってゲーセンの店長から聞いた。あの秋村って神はけっこう早い段階でナツメの挑戦を受けて店に来ていた。でも、ボクらはオーディエンスの中の彼に気づかず、彼はボクらが楽しそうだから邪魔しないと言って帰った。そんなことが何回かあった、と。かわいいナツメのことも見てくれていたんだと思うと、ボクは魔女役として少しほっとし、うれしくなった。そして、地味なナツメもちゃんと見つけてくれたこと、ボクは彼に感謝すらしている。ボクにとっても彼は神だった。
 ナツメとボクは今日もゲーセンで遊ぶ。最近はテトリスの対戦にはまっている。コインはルールの範囲内の枚数で積んでいる。二人ともヘタだから、ほら、長い棒が降ってきて自滅するナツメ。ボクらはとても、いい勝負なんだ。

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