小説

『午前0時の舞踏会』島田悠子(『シンデレラ』)

 ボクだって中学の頃は親友と呼べる友達がいて、仲のいいグループがあって、一般的な明るいスクールライフをエンジョイしていた。しかし、親の転勤に合わせて受験して入った都立の高校はボクのほんの少しの九州なまりを異質ととらえた。はじめこそ面白がっていじっていた連中も気づくと遠巻きになり、ボクは空気を読んでそれ以上、関わろうとしなかった。空気なんかクソくらえとバカになりきって仲間の輪に入っていくという度胸はボクにはなかった。それができれば標準語の友人ができていたのかもしれない。でも、そうじゃないんだから仕方ない。最初の頃はLINEでつながっていた九州の仲間ともだんだん話がかみあわなくなっていって、今ではグループのリードオンリーメンバーと化している。友情の自然消滅がこんなにもカンタンに起きることだったとは。勉強になった。そんな頃だった。ボクはボスザルに告白された。タダのぼっちのボクがミステリアスな一匹狼に見えたんだろう。顔だって中の上はあると思う。あそこで彼女を作っておけばカーストなんて縁のないものになっていたかもしれないが、ボクは自分の九州なまりが気になって、まともに返事をすることができなかった。ボスザルはボクにムシされたと思い、それをひどいと敵意むき出しになじってきた。もはや釈明の余地はなかった。ボクは完全にタイミングを逸していた。ボクはこれといったリアクションを取ることができず、ぼやぼやしている間にボスザルに弁当を頭からぶっかけられていた。クラスの女子が笑っていた。あの瞬間、ボクのカースト化とぼっちが決定した。あのとき、ナツメはどうしていたっけ? 確か、やっぱりクラスにはいなかったと思う。

 ボクはペットボトルの炭酸を飲み干してテトリスの台を立った。階下でまた歓声が聞こえる。ボクの狙いの格ゲーの順番待ちはまだ解消していない。たいしてうまくもないバカップルがさっきからコインを積んで台を占領しているため、回転が悪くなっているのだ。これは事故渋滞だ。コイン積みはこの店では枚数制限があるのだが、あの二人はルール無視で愛の殴り合いに夢中。こういうとき、蛮勇ふるって彼らに声をかけるようなバカはこの界隈にはいない。そんな損な役回りは店員に任せるに限る。ボクはヒマつぶしと空になったペットボトルを捨てに行くのをかねて螺旋階段を降りた。階下ではすぐのところに新作の「DDR(ダンスダンスレボリューション)」という機体が置いてあり、案の定、そこで神プレイヤーが技を披露していた。激しい音楽に合わせて華麗に舞う彼女を見て、ボクはペットボトルを落とした。
その神はナツメだった。

 チャイムが鳴り、いつものようにナツメが教室に戻ってくる。それをいちいちボスザルが邪魔する。今日は足をかけてナツメをつんのめらせた。ナツメはそれにわざわざ反応しない。黙って席に着いた。ボスザルが舌打ちした。数学の教師が来てまたいつもの授業風景になる。ボクはこのあいだのことが気になって彼女から目を離せない。あれからというもの、僕は毎日のように秋葉原のゲーセンに通い、ナツメの姿を探した。すると、ナツメは毎日そこにいて、オーディエンスの中にいるボクに気づくこともなく一心不乱に踊っていた。彼女は神だ。でも、普通の神じゃない。神にありがちな「どや」がなく、ただ好きで踊っているという感じなのだ。彼女のダンスにはムリなアピールがなく、自然体でキレイだった。ゲーム機の画面を見るとえげつないほどの難易度なのに、彼女だけを見ていると余裕さえ感じる優雅な舞いそのもので、不思議なほどに魅了される。彼女が現れると他のフロアからも立ち見に来るヤツがいるほどで、その観客の多さにも納得がいった。踊り終わったあと、息を切らしながらも時間を気にしてそそくさと立ち去る彼女にも好感が持てた。誰か人話しかけられても、彼女は誰とも一言も話さない。野次馬の間では、彼女はまさに神格化された存在だった。

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