小説

『午前0時の舞踏会』島田悠子(『シンデレラ』)

 まだ人でにぎわう駅前の広場でボクらは汗ばんだ手と手を離した。
「大丈夫?」
 ボクが聞くと、彼女は息があがってなにも言えないようだった。
「ごめん、まだ二曲、残ってたのに」
 ボクが言うと、
「ネコ耳、つけたらかわいいですか?」
 彼女がグッとボクに近づいた。ボクの表情を読もうと彼女はボクに近づいたのだが、ボクは思わず彼女の素顔に見とれた。
「文月さん、メガネとらない?」
「メガネ?」
 メガネが邪魔だと思った。彼女がボスザルにいじめられる理由が分かった。単純に、彼女がかわいいからだ。女子は男子よりもそれに目ざとい。
「メガネ取って、ネコ耳つけて、しっぽもつけて」
 ボクは彼女にあらんかぎりのルックス変更の提案をした。
「そしたら、かわいいんですか?」
 彼女は真剣だった。
「その格好でDDRしてるとこを動画で撮ってアップしよう」
「えっ?」
 ボクは思いつくまま提案を続けた。彼女が秋葉原のDDRの神として外見も整えてDDRで「どや」アピールをし、挑戦者を募集する。その動画を店長にもシェアする。そうすれば経路はどうあれ、彼女の想い人である彼にもシェアされるだろう。彼女が言うように、彼こそが「本当の神」ならば。

 変身した彼女のプレイにオーディエンスが螺旋階段を埋め尽くすまで一週間とかからなかった。「アイドルよりもアイドルすぎるDDRの神」として彼女はネコ耳をゆらし、しっぽをふって踊り続けた。メイド服のときもあり、ゴスロリのときもあり、ゆるキャラのきぐるみパジャマのときや、チャイナ服、巫女さんのときもあった。衣装は秋葉原で買ったり、レンタルショップで借りたりした。彼女に話しかけるのはファンの間でタブーとされた。それをすると彼女はダッシュで逃げるから。ナツメの動画は瞬く間に120万再生を越えた。

 ボクとナツメは毎日、屋上で昼メシを食べながら次はどんなコスプレで踊ろうかと相談する。あまり費用はかけられないが、動画再生の関係で少しのもうけがあるからそれを衣装代に当てている。彼女にメイクをするのは僕の役目だ。手本の動画を見ながらボクがやる。彼女は不器用で口紅ひとつ任せられない。ヘアスタイルも同じく。ボクが手を加えて完成した彼女を見ると、ボスザルが抱いた危機感がよくわかる。クラスの男子、いや、この高校の全男子が文月ナツメに夢中になってもおかしくない。ボクとナツメは秘密と目的を共有し、気づくと互いによく笑うようになっていた。彼女が笑うと、ボクは本当の気持ちで胸がしめつけられる。ナツメが好きだ。いつからかはわからない。でも、ナツメには別の王子がいる。王子というか、神か。いうなればボクはシンデレラを変身させる魔女だ。そして、凡人だ。ビビディ・バビディ・ブゥ。

1 2 3 4 5 6 7 8