今日、ボクはナツメに話しかけてみようと思う。これでゲームオーバーになるのか、起死回生となるのかはリスキーな賭けだ。ただ、話しかけてみたいと思った東京人は彼女が初めてだった。
「文月さん」
トイレに入ろうとする彼女を引き止めた。自分でもこのタイミングはどうかと思うけど、足早にどこかへ行ってしまう彼女を追いかけてやっとでタイミングがとれたのが今、ここだった。ひと気のない本館最上階の女子トイレの前。書道部員でもない限り使うこともないだろうトイレだ。もちろん彼女は書道部員ではない。彼女がふりむいた。ハトに豆鉄砲。ボクもこんなひと気のないところで誰かに話しかけられたらそんな顔をしてしまうのかな、そう思ったら自然と笑顔が出てしまった。
「DDR、うまいんだね」
彼女ははっとしてトイレの中に逃げ込んだ。ばたん、とドアが閉まる。
「あっ」
ゲームオーバー。ボクはそれ以上どうしたらいいかわからず立ち尽くした。すると、ゆっくりドアが開いて彼女が顔を出した。おずおずとか細い声で聞く。
「どうして、知ってるの?」
偶然、同じゲーセンで遊んでたから。ただ正直にそう言えばいいのに、ボクもけっこうテンパっていた。とっさに余計なことを言ってしまった。
「もう少し可愛かったら再生数もっと伸びるのにって、大学生ぽいのが勝手に撮ってたよ」
彼女ははっとして唇を震わせ、トイレのドアの向こうに閉じこもってしまった。バカか、自分。これじゃ「ブス」って言ったのと同じじゃないか!
「ごめん、そうじゃなくって、えっと」
今さら、なにをフォローしようとしてるんだ。あわてて変なことを言う前に立ち去った方が賢明だ。でも、
「文月さんはかわいいと思うよ!」
死にたい。そう思った。自分がなにを言っているのか、トークをどこに持っていこうとしてるかもうわからなくなってきた。ただ、彼女を傷つける気はないことをアピールしたくて。頭の中がごちゃごちゃになっていると、チャイムが鳴った。
「ごめん、変な意味じゃなくって」
ボクは言った。次は遅刻にうるさい英語だ。さっさと帰らないとボクも彼女もまずい。ボクが立ち去ろうとすると、
「待って!」
彼女の声がした。ふりむくと、トイレから出てきた彼女がうつむいていた。
「あの……、あの……」
なにか言おうとしている。言葉につまって焦る気持ち、痛いほどよくわかる。
「急がなくていいよ、今じゃなくてもいいし。言うならずっと待ってるから」