小説

『四七人も来る』平大典(『忠臣蔵』)

 静けさを取り戻した応接間には、誰かの足跡がしていた。
「吉良さん」落ち着いた声を出したのは、大石だった。「もう出てきてください。私は、手を出すつもりはありませんので。事態を収拾するには、ちょっとした話があれば済みますんで」
 もう無理だろう。吉良は大人しくロッカーから出て行く。
「わかりましたよ」
「そんな場所にいたんですか」大石は太い眉をゆがめつつ、ソファーにどんと腰を下ろす。
「色部に押し込められて……」吉良もソファーに座る。
「ふん、まあいいや」大石は鼻で嗤う。「吉良さん。今日、我々が来た理由はご存知でしょう?」
「浅野先生の件ですよね」吉良は両手の指を絡めつつ、説明する。「あれは浅野先生に非があり、当方では致し方なくという措置でして。その辺りは、大石さんもご存知でしょう」
「あいつ、愛嬌はあったからね」『あいつ』とは浅野教授のことか。「愛弟子ってというのが多すぎる。今日まで抑え込むのも苦労したんだよ。ぶっちゃけ、私も吉良さんが悪いとは思っちゃいません」
「どういうことですか?」
「今日も仕方なく、つー感じなんで」大石はうんざりした様子で、五月蠅いままの扉の向こうへ目を向ける。「私だって、あいつの被害者なんすよ。自分が風俗通っていたくせに、私が行ったことにして。……生徒と不倫した時も、もみ消してやったのに」
「そうだったんですか」
「と、言っても私の立場もある。……手打ちにしやしょうや」
「……なにを」
「吉良さんにも適当な理由付けて、簡単な処分をしてくださいよ。減給でも謹慎でもいい。徳田まで巻き込めりゃ、御の字ですけども。約束して呉れりゃ、おとなしく撤退させますよ」
 徳田の顔を思い浮かべる。この借りはでかいぞ。「……わかりました」

 
と、吉良が了承した瞬間だった。
 応接間の扉が吹っ飛んだ。
 次の刹那、絨毯の上に転がったのは、人間だった。見覚えがある。
 色部だった。顔は赤黒く腫れあがり、まるで柘榴のようだ。
「なにこれ!」素っ頓狂な声を上げたのは、大石だった。
「色部、討ち取ったり」大声を張り上げ入室してきたのは、堀部である。服や手が血まみれである。
 地面に転がる色部は、うへェ、と呟く。虫の息だ。
「堀部、馬鹿。どうなってんだ!」
「うるせえ、こちとら命がけなんだよ!」吉良と堀部の目が合う。目が血走っている。「あ、吉良、こんなトコ、いやがった」
 大石が立ち上がり、堀部の前に出る。
「こっちはもう手打ちしたんだぞ! この野郎」

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