小説

『四七人も来る』平大典(『忠臣蔵』)

 待っていましたとばかりに色部は、「さぁ、こちらへ」とス吉良のスーツの袖を引っ張り、デスクから立ち上げる。

 
 色部と共に逃げ込んだのは、応接間であった。
 吉良はソファーに座り込み、木製のドアへ目線を向ける。四七名はあっという間に、総務課のオフィスまで到達した。
 フロア中に、多量の足音や棚や机をひっくり返す音が響いている。地獄だ、最悪だ。暴動だ。
「吉良はいずこか!? 貴様ら、隠しておるな」
 ドアの向こうでは、威勢のいい大石の怒声が響いている。もうそろそろ出て行くしかないだろう。なんとか平謝りで事を納めなくては。
 吉良は額の傷跡を指でなぞる。「いないふりして、逃げおおせたいね。……代わりに色部君が対応してくれよ」
「わかりました!」
 いや、冗談なんだけど。
 威勢のいい声がした刹那、色部は吉良の腕を掴むと、ぐいっと馬鹿力で引っ張って部屋の隅にあった掃除用のロッカーに放り込む。
 目の前はあっという間に真っ暗だ。あっけに取られていると、色部は、「申し訳ございません! 本日、吉良課長は出勤しておりませぬ!」、と大声で叫びつつ、応接間の扉を開いた。
「なに言ってやがンだよ!」対応したのは、地鳴りのような声だ。
 きっと堀部だ。
 堀部は、浅野が指導した三〇歳くらいの男で、狂犬だ。学部一年生の頃、高田馬場で他校の生徒を一一人ボコボコにした。相手にも非があったので有耶無耶にできたが、それ以後も何回かトラブルを起こしていた。卒業して会うこともないはずだったのに。
「おらんものは、おりません!」色部が刃向う。「お引き取りを」
「吉良がいたっつーのは聞いてんだよ、コラ。あの虫けら糞バカごみクズ野郎をさっさと連れ出してこい。浅野先生をあんな目に遭わせて、手前だけ無傷でいようなんざ、ふざけた真似を」
「会って、何をするつもりだ?」
「なにも糞も、ギッタンギッタンにしてミンチだ」
 吉良は音をたてぬように、闇の中で頭を抱えた。この状況でノコノコと出て行けば、十中八九ボコボコにされる。隠れていたなんて露見すれば、八つ裂き間違いなし。
 ああ、色部のおバカちん。採用した俺も馬鹿なんだろうなァ。
 吉良の意識は飛びそうだった。
「んなことさせるかよ」色部もヒートアップして、「お前らのような常識無しの能無しどもが」
「くぉら。表出ろや!」
「おうおう」

 
と、ここで応接間の扉が閉まる。

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