小説

『四七人も来る』平大典(『忠臣蔵』)

 昨晩の降雪で、事務局棟の周囲にも真っ白な雪が降り積もっていた。
「吉良課長」新人の女性職員が震えた声を出していた。「一〇時からのお客さんが、今ですね、受付に来られているんですが……」
「そんな予定、あったかな?」
 課長席に座っている吉良が、パソコンのディスプレイでグループウェアスケジュールを確認すると、確かに一〇時から『来客:大石 様』という記述がある。自分で約束した覚えはないが、それよりも名前だ。
 大石。しまった。吉良は黒縁の眼鏡を直し、額に小さく残る傷跡を指でなぞる。
 この名前で来客がありそうな案件が一つだけある。
 浅野教授。
「受付に来ているのは、前に浅野先生から指導を受けていた大石さんか?」
「はい。それがですね、お連れの方もいて。もしかして、浅野先生が失踪した件ですかね?」
 浅野教授は、先月退職させた教授の名前だ。以前より研究費の用途が雑で、定例監査で吉良がそのことを指摘すると、激高し持っていた扇子で吉良の額を割った。流血騒ぎの結果、刑事事件にまで発展し、翌週には大学理事者を参集した臨時理事会が開催され、浅野は懲戒免職となった。その一週間後、浅野『元』教授は失踪した。
「多分、その抗議だろうが。……何人で押しかけてきたんだ?」
 事務局で整備してある『クレーム対応マニュアル』に沿って対応するほかない。
 大石は、浅野の一番弟子で今は私立大学の准教授だ。恩師が暴力事件で辞職し、失踪したのでは、立場もないだろうし、納得もいかないのだろう。実際、吉良には何のお咎めもなかった。
「来客はですね、よん、えーと、……全員で四七名です」
「む?」
「四七名で、吉良課長を出せと仰っています」新人は泣きそうな声を出す。「どうしましょう?」
 どうしましょうって、どうしましょう。
 吉良の頬に汗が流れた。眉を八の字にしている新人に冗談を言っているそぶりはない。四七人の来客なんか聞いたことがないぞ。それに、逆恨みだ。
 受話器を手にして、内線番号を押す。
 相手はすぐに出た。
「徳田ですけどォ」やんわりした鼻につく声がする。
「ご多忙の折すいません、徳田事務局長。大石です」なるべく平静を装う。
「吉良ちゃん、調子はいかが?」
「それがですね、浅野先生の一番弟子だった大石さんが事務の受付に来ていましてですね。多分、浅野先生の件だと思うんですけど」

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