小説

『Jack of』志水菜々瑛(『ジャックと豆の木』)

 大男は何か考えるかのようにわずかに黙ると、また続ける。
「じゃあ、お前は、腹が減っているのか。」
「そうだよ。僕は腹が減っている。チーズや硬いパンばかり食べて。」
「そうか。……肉が、無いね。」
 あれこれ聞いてくる割に無関心そうな返事を返してくる大男。また黙ってしまい、僕を見つめながら何か考えているかのようだ。そんなにむつかしいことは話していないのに、返事は適当だし、次の言葉が出てくるのは遅い。昔どこかの本で読んだ「でかい人間は頭に血が回らないから馬鹿だ」というのは本当らしい。
 毛むくじゃらの大男は小さな黒目を僕にまっすぐ向けながら、口角をわずかに上げゆっくりとこういった。低い声だった。
「ついておいで。」

 
 毛むくじゃらの大男は悪い奴じゃなかった。大男が連れてきたのは、たくさんのごちそうが並ぶテーブルの前だった。縦長のテーブルの誕生席に座らせてもらい、僕の手はとてもテーブルの向こう側まで手が届かない。だけど向こうまでびっしりごちそうが並んでいる。8年ぶりに見る七面鳥の丸焼き、生まれてこのかた見たことのない料理、そして空腹をくすぶるいい香り。早く食べたい。
 斜め向かいに座る大男が言う。
「食べていいんだよ。」
 つばを飲み込み、確認する。
「本当にいいのかい?」
「いいんだよ。」
 大男が言い終わるかわからないうちに、目の前の肉にかぶりつく。
「脂がのっていて、うまいだろう。」
 嬉しそうな大男の声に返事をもせず、味わうことを忘れて手当たり次第に口へ運ぶ。大きな塊の肉、色鮮やかな野菜、白くて柔らかいパン。口いっぱいにほおばる。流し込もうとスープ皿を持ち上げ、スプーンでかきこんだ。スープを片付けると違う料理を求め、手を伸ばす。
あ。僕の動きが止まった。
「どうしたんだい。」
 大男が横から尋ねる。伸ばした手の先には金色の卵があった。僕の右手には鈴のスプーンが握られている。父さんのかけらだ。ゆっくりと大男のほうを振り返る。
「食べないと、だめだよ。」
 毛むくじゃらの口から漏れる低い声。小さくて図体に合わない瞳。頭には帽子。小さな帽子。――昔、父さんの被っていたのとおんなじ。
 あ、父さん、ここに来たんだ。
「食べないのかい。」

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