小説

『キノッピオ』もりまりこ(『ピノキオ』)

<たいくかんのうらでまってる>すごいきたない字だった。さそいにのりそうになったわけじゃなくて、行くのもめんどうだけど、なんかあるかもって行ってみた。ほらね、やっぱり。待っていたのは汚い子たち。
「おまえ、ほんとうに木でできてんのかよ。たしかめてやる」っ泥だらけの服を着た子と子分たちがやってきてぼくをおさえて、「木でできてるって、ピノキオか? おまえは木野だろう。ふざけたやつ」って言って足のところにライターを近づけた。そのときなぜか、ぼくきけんを感じた。危険をかんじると、なんでか、いつもとちがう言葉がでてしまう。
「なにさらしたってんねん、このぼけぇ。え~やれるもんならやってみぃや」ってどこの街かの言葉が唇から躍り出て、そのどすの効いた声を耳にした体育の大和郡山先生が、あわてて助けてくれた。そしたらその先生も、「なにぬかし
てんねん、っこらぁ、どあほが」って仲間みたいな種類の言葉を喋ってかばってくれた。あの言葉はとってもべんり。後でぼくは保健室に連れていかれて処置をしてもらって、かれらは何日間も、学校を休んでた。
 大和郡山先生は、ぼくが傷ついていると思って肩を抱きながら、校門を出る時、いっしょうけんめい話しかけてくれた。
「先生はね、ディスカスっていうねったい魚を飼っているんだ。いつかおじいさんといっしょに観においで」って誘ってくれた。大和郡山先生の身体の体温はなんかねちっと熱かった。たぶんいかないと思うけど、そのことをじぇぺっとさんに話したら、それはしむふぃどそん属の魚だなって言ったの。
 なに属っていうのが生き物にはあるんだ。ぼくはなに属?
 子供ウィキウィキ版で、でぃすかすを調べた。うつくしいっていうのかなこういうのを。身体がぼくよりもはっきりとしまもようだった。
 その夜、あいつらの両親がかわりばんこに謝りにきたけれど、じぇぺっとさんは、かたくなにその人たちを、ゆるさないという目で見ていた。菓子折りをみんな持ってきてた。これでおやつには困らないって思ったのに、じぇぺっとさんはぜんぶ受け取らなかった。うけとってほしかったな。だってあいつのとこのはたぶんゴディバのチョコだったと思うけれど。おしいなぁ。
 ほら、ごめんなさいは。って狐田くんの母親が無理やり頭を下げさせて、父親も頭を下げてその後顔があがったときに、ぼくは柱の隅っこからかれらをみた。予想通りでつまらない、やっぱりみんなの鼻がちぢんでた。狐田鷺人の鼻なん
てはじめからなかったみたいにちっちゃくなってた。

 その日の夜。ぼくはじぇぺっとさんの作業部屋にいた。こげてしまったかかととふくらはぎを直してもらった。じぇぺっとさんはずっと黙ったまま、ぼくの左足をやさしく作業台に乗っけてあたらしい木に取り換えてくれた。じぇぺっとさん、作業の手をとめては、泣いてた。頬からつつつと。そのなみだの粒はちいさくなったじぇぺっとさんとぼくをうつしだしていて、じっとみてたんだけど。すぐにその涙のしずくをこわしてしまいたくなってそれをぐちゃぐちゃにぬぐってあげた。
 その時ぼくは、どうしてかこの人がいなくなったら焦げた場所を直してくれるひともいなくなるんだと思って、うっかり言った。「じぇぺっとさんはしなないよね」って。そうしたら、そうともそうともって言いながら、ぼくの頭のてっぺんをいつかみたいに撫でてくれた。でもじぇぺっとさんの鼻がね、その時すっごく縮んだんだ。その後、じぇぺっとさんは鼻をすすって、腰をあげると仕事部屋へと戻って行った。

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