小説

『キノッピオ』もりまりこ(『ピノキオ』)

<木材の中に潜むある年の年輪に沿うように気をきりそこにかつての樹林の姿と詩的によみがえらせる>
これはぼくのおじいちゃんが尊敬しているぺそーねさんっていう、木こりで彫刻家のひとのことばなんだって。ぼくいちおう一度聞くと覚えられるんだけどおぼえたあとはすぐ忘れてるから、二度目はないの。じぇぺっとさんは、とにかくしぜんを愛することはいいことだっていうんだけれど。ぼくよくわからないほんとうに。
「キノはほんとうにしぜんだ」って言うんだ。ますますもってわからない。モンサンミッシェルっていう教会のすぐそばは海になっているらしくって、海嘯っていう現象がおこるところがあるんだって。なんかなみがぐわっと、うねってぎゃくりゅうするらしいの。それをマスカレっていうらしいんだけど。カマスレ? どっちだったけ。あれはすごいって、じぇぺっとさんはお酒を飲むといつもいうんだ。そしてときどきぼくの二の腕にうっすら残ってる木肌の模様をみながら、それと似ているってうっとりする。
 しぜんといえば。お花はきれいなものらしいね。ぼくねたぶん、からだはひとだけど、こころがちゃんとはいっていないからよくわからないんだ。
 こころを入れるスキルがついてなかったんだってじぇぺっとさんがいつだかあやまった。あやまってるじぇぺっとさんの頭のてっぺんだけをみていた。つむじがマスカレだった。めまいがしそうになって、ぼくはそのあたまを両手でもちあげてわらった。そうしたらじぇぺっとさんは、ぎゅってハグしてきた。
 痛いぐらいだったけど、そのいたさきらいじゃなかった。
 きれいだとかっておもうのがこころのやくめなんでしょ。
 幼稚園の卒園式の頃。桜の花びらが散ってゆくのをみながら、じぇぺっとさんはいった。
「キノ、聞き飽きただろうけど、おまじないみたいに言っておく。おじいさんはこの」のところでぼくはじぇぺっとさんの唇に手のひらをあてる。その後はぼくがひきつぐ。合言葉みたいに。
「さくらを、あとなんかいみれるんだろうねでしょ」
 そのあと、ふたりでわらうんだ。花がきれいとかっていうのはさ、もう慣れた。幼稚園のみんなが、かわいいとかっていうものをぜんぶ覚えておいて、おんなじ反応をすればだれもあやしむことはないから。これってちょっとだけ便利。
 そうこうしてるうちにぼくは、小学生になった。はじめての日。いろいろなことがあった。どこかでうわさを聞いたのかみんなぼくの肌を撫でるんだ。
 くんくんって犬みたいに匂って確かめる子もいて、ちょっといやだった。
 いやっていう感情はすこしわかる。そういうときは、ちゃんとやめてって、いわなきゃ図にのっちゃうらしいから。ちゃんというよ。そしたら相手の子、やめてくれたんだけど。ある日学校にね、なんかライター持ってきてる子がいたんだ。しゅぼってバーナーとかを点火するやつ。じぇぺっとさんが、ぼくをこしらえてくれたときから、なんとなく火はきらいなんだ。なんとなく、近寄りたくないっていうか。そういうざわざわっとしたものが、ぼくのからだのいろいろなところを駆け回るの。だから、暖炉の側にもあんまり近づきすぎないようにしている。じぇぺっとさんの膝のあたたかさでじゅうぶんだしね。
 ある日、女の子からまわってきたノートの切れ端にことばが書いてあった。

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