小説

『ひと花咲か爺さん』宍井千穂(『花咲か爺さん』)

 来るはずがない客を頭に思い浮かべながら、俺はドアを開けた。
「どうも、こんにちは!サービスの継続のご確認に上がりました」
 そこにいたのは、水色のつなぎを着た背の低い男だった。顔を見られたくないのか、帽子を目深にかぶっている。
 爺さんじゃなかった。期待で高鳴った鼓動が、一瞬にして元に戻る。
「サービスって何?使った覚えないんだけど」
 思わず無愛想になってしまう俺に、男はニヤついた笑みを向けた。
「使ったじゃろ?神様にアドバイスをもらうサービス」
 俺が驚きで言葉を発せないでいるうちに、男が帽子を取った。それはよく知った顔だった。深く刻まれた目尻のしわに、広い額。白い髭は綺麗さっぱりなくなっている。
「爺さん、どうして……。あのトラックに轢かれて死んだんじゃ……」
 動揺を隠せない俺をよそに、爺さんは呑気に話し出した。
「トラック?ああ、あの程度じゃ死なんよ。わしは神じゃからな。いやぁ、お前さんに言うのをすっかり忘れておったんじゃけど、あのサービスは24時間限定じゃったんじゃ。よくあるじゃろ?無料お試しサービスってやつ。それで今回来たんじゃよ、この後は有料になるが継続するか、と聞きにな。本当はもっと早く来る予定じゃったが、理髪店に行ったりとかで忙しくてな。似合うじゃろ、髭がないのも」
 爺さんは自分の顎を撫で、得意そうに笑った。
 このクソジジイ。

 スイートピーが、まるで俺と爺さんを笑っているかのように大きく揺れた。

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