こちらをジッと睨め付けていた玲子姉さんが、ニヤッと片方の口の端を上げた。
「京ちゃん!ちょっと来て!」
と大きな声で、長女の京子姉さんの部屋に向かって叫んだ。
数秒後、ジャージ姿の京子姉さんが眉間に皺を寄せて、部屋から出て来た。京子姉さんは27歳。広告代理店に努めていて、出来るキャリアウーマンな感じ。
「何?」
背が高く、普段はすごくスラッとして綺麗でキリッとしているが、家の中で前髪をちょんまげのように結んでいるその顔はヤンキーのようだった。自分の姉ながら恐ろしく感じた。
「零士が格好良くなりたいんだって。」
「・・・。」
京子姉さんの動きが止まる。
「それで私たちに格好良くしてもらって、モテるようにして欲しいんだって。それでヤリたいんだって。」
「・・・あんた、本気で言ってんの?」
眉間の皺を一層深くして、京子姉さんは聞いてくる。ここで「冗談です。」と答えたら殺されるだろう。
「本気です。」
「途中でやめたら殺すよ。」
「はい。」
「・・・・。」
緊迫した時間が流れ、「分かった。」と言って京子姉さんと玲子姉さんがソファーにボフっと腰かけた。
「やっと零士もその気になった。」
「遅すぎんのよね。」
「やっぱり本人がやる気にならないとね。」
二人が何の会話をしているか分からなかったが、先ほどまでの恐ろしい雰囲気は二人から感じなかった。
「零士、あんた自分の事どう思う。」
と、玲子姉さんが聞いてくる。
「え、」
「デブでオタクでキモくてモテないって思ってるだろ。」
「・・・はい。」
「そこがまず間違えだ。」
と京子姉さん。
「まずは気持ちだ。格好悪くしてんのは、格好悪いと思ってるあんたの心だ。」
いまいちピンと来ない。気持ちでなんとかなるなんて思った事がない。
「よし、あんたは今日から“イカロス”だ。」
「え・・・な、なんですかそれ。」
「ギリシャ神話だ。牢屋に閉じ込められたイカロスは鳥の羽を集めてそれを蝋燭の蝋で固めて翼にしたんだ。そしてその翼を使って勇気を出して空に飛び立った。」
「それが、僕ですか?」
「そうだ。勇気をだして飛び立つんだ。そのためにまずは地道に翼作りからだ。」
「・・・。」
いきなりのギリシャ神話に驚き黙っていると、京子姉さんが平手打ちをかましてきて、顔を思いっきり近づけてきた。
「え、え、な、なんですか?」
「返事は?」