結局のところ、それもまた、彼が就職活動中に調べていた、その会社へのイメージのままだった。
入社したくて自分なりに努力したが、手が届かなかった。
手に入れていたかもしれない幸せと向き合うことほど、ツラいものはない。
彼は女性店員に、会計をお願いした。トイレから戻ってきた泰志には、「明日も朝早いんだ」と言い訳をした。本当のことだった。酔っていた泰志からは五千円札だけを受け取って、先に帰らせた。
「今日はありがとうございました。最後のワイン、お味はいかがでしたか?」
帰り際に女性店員から聞かれた。
「おいしかったですよ」
「それは良かったです。ちょっとお口に合わなかったのかと思ったので」
「そんなことはないです」と、彼はおざなりの返事をした。
ドアを開けようと片足をずらし、ドアに手をやり、首を回す。
「御社のチラシですよね?」
女性店員が見せてきたのは、彼が作ったチラシだった。このエリアにも、彼はポスティングをしていた。クレームかもしれない。もう、この店には来ないようにしようと彼は思った。
ところが、うなずく彼に、女性店員は明るい表情を向けた。
「やっぱり! いつもラインナップのセンスが良いと思っていたんです。そうですか、良い会社ですね」
小さくて地味で大変なだけの会社だ。そのまま答える。
「小さくて地味で大変なだけの会社ですよ」
「そんなことないですよ。大変だってことは良いことですよ。甘いだけの葡萄じゃ、単純なワインになってしまいます」
女性店員がほほえむ。
「鍛えられて、渋くて酸っぱい葡萄になったほうが、味わい深くておいしいワインになりますよ。また、いらしてくださいね」
唐突な話に、彼は黙ってうなずき、歩き出した。
仕事は甘くはない。けれども、彼自身の味わいが決まるのは、まだ先の話だ。
明日もまた彼には、酸っぱい葡萄のような日々が待っている。