小説

『鬼我島』木暮耕太郎(『桃太郎』)

老鬼の表情は安らかな笑顔を浮かべていた。

朝日が屋敷に差し込むころ、犬たちが目を覚ますと桃太郎は軒先に腰を下ろしていた。隣には老鬼の首が入れられた首桶があった。
「すべて終わった。爺やと婆やの元へ帰ろう。」
犬たちは桃太郎の心情を思いやり身を寄せた。

昨日上陸した砂浜まで一行は歩き、舟に乗り込み鬼ヶ島を後にした。
日が傾き出したころ海の彼方に島が見えてきた。方角的には帰路であるので一行はそこに立ち寄ることにした。
砂浜に上陸して桃太郎は愕然とした。そこは今朝ほど出発した鬼ヶ島であった。今朝の足跡がそのまま残っている。見間違おうはずがない。
「とりあえず屋敷に戻ろうぞ・・・。」
桃太郎はかなり狼狽していたが知らずのうちに航路がずれたに違いないと考えた。
次の日も次の日も舟を出したが、必ず鬼ヶ島に戻ってしまった。
「これはなんぞ・・・!」
幸い鬼ヶ島は食べられる植物が多く群生しており、また老鬼が残した畑もあったため一行が飢えて死ぬことはなかった。

月日が流れても一向に事態は進展しなかった。桃太郎の心には諦めが芽生えて畑作業をすることが多くなった。十年、二十年と過ぎて鬼ヶ島には桃太郎と猿しかいなくなってしまった。
相棒が一人になったとき、桃太郎は自分の最期が孤独に死に行くことになる恐怖に苛まれた。日に日に恐怖は大きくなり、できることはなんでもやらねばという気持ちになり島の探索を始めた。それまでも探索はしていたが、島全土を回ったわけではなかった。

それから一年ほどしたころ、ある山の中腹に祠を見つけた。この島に来てから老鬼の遺した屋敷以外で初めての人工物であった。もしかしたらこの島にはまだ誰かがいるのかもしれない。桃太郎はその周辺を徹底的に調べ回った。とにかく人恋しかった。鬼でも何でも構わない、とにかく話がしたかった。

それから数か月の後、ついに屋敷を見つけた。恐る恐る桃太郎は中に入った。こちらの屋敷は手入れされないままに月日が流れ、朽ち始めていた。誰かがいるかもしれないという望みは砕け散ったが、何か島の外に出るための資料が残されている可能性はあったため桃太郎は中へと進んでいった。

桃太郎は部屋の奥に座禅を組む者を見つけ急いで近寄ったが、正面をみて思わずぎょっとして声をあげた。座禅を組んだまま即身仏になったであろうミイラは、その額に一本の角を生やしていた。ミイラの前に置かれていた巻物を広げた。

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