小説

『鬼我島』木暮耕太郎(『桃太郎』)

(この島、呪われし島なり。我、鬼我島と名付けし。人の世の魔を一手に引き受け封じ込めし場所なり。我、この身に宿りし法力のすべてを使いこの島の時間と空間に結界を張る。鬼とは誰ぞ、己の心の魔である。心に魔を宿したとき角となりけり。)

ミイラが鎮座した奥の部屋には壺が置かれていた。壺の蓋は少しずれており、そこから細く漆黒の煙が立ち上っていた。桃太郎に知る余地はなかったが、封印した邪気が壺から漏れ出ていることが村に鬼が出てきた原因だった。

桃太郎が蓋を戻した途端に、それまで流れ出た邪気のすべてが意思を持って鬼ヶ島に一斉に戻り、桃太郎の口から体内に入り込んだ。刹那、桃太郎の中で人間のあらゆる負の感情が爆ぜた。妬み、そねみ、怒り、恨み。汚泥のような感情たちが沸々と煮えたぎり頭が割れんばかりの激痛が襲った。桃太郎はうめき声を上げながら部屋の中をのたうち回った。やがて激しい頭痛は形を持って頭蓋骨を突き破り角となった。

朦朧とする意識で三日三晩歩き続け、桃太郎は老鬼の屋敷に戻って床に倒れ込んだ。
主の帰りを待っていた猿は異形の者と化した桃太郎に恐れおののいた。その顔は怒りに溢れ、唯一の友である猿に対しても殺意をもった眼差しを向けた。屋敷に戻るまでは辛うじて自我を保っていた桃太郎であったがついに体は魔に支配され意識を失った。

桃太郎の意識が戻るまで十四日を要した。水が喉を通るのを感じて目を覚ました。「うぅ・・・猿。お前が助けてくれたのか。」
猿は桃太郎を看病し続けて相当にやせ細っていた。優しい眼差しを戻した桃太郎に抱きつき、そのまま眠るように静かに息をひきとった。
「・・・ううっ、すまないことをしたなぁ・・・お前まで俺をおいて逝ってしまうのか・・・」
桃太郎はむせび泣き、深い悲しみに包まれながら庭の一番立派な木のふもとに猿の亡骸を埋めた。
桃太郎は空虚な時間を過ごし続けた。詩を唄えど誰も聞くものはない。一日はひどく長く灰色だった。自決を思い立つまでに大した時間はかからなかった。

まず老鬼を一刺しした刀を磨きなおした。辞世の句を詠み、静かに刀を抜き、刃を腹に当ててそっと引いた。肌から血が出た瞬間、桃太郎は顔をしかめて手を止めた。これ以上深くまで刃を引くことができなかったのだ。生まれつき頑強な体を持ち、喧嘩でも負け知らずだった桃太郎は痛みに異常なまでに敏感だった。

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