小説

『鬼我島』木暮耕太郎(『桃太郎』)

「料理をこしらえよう。長旅で疲れたじゃろう。そこに腰を下ろして待っていてくれ。」
桃太郎たちは囲炉裏に腰を下ろし、老鬼は調理場へと立った。
しばらくするといい香りが漂ってきて桃太郎の腹はぐぅ、と音を鳴らした。
「口に合うかどうかわからんが。」
最初は毒を盛られているのではないと疑心を抱いていた桃太郎も一心不乱に食いつく犬たちをみて心を許した。老鬼が作った料理はどれも美味しく舌鼓をうった。
「じじぃ!これは美味いぞ!町で店を出せば繁盛するぞ。」
「ほっ、鬼がどの面さげて町に出るんじゃ。それより町の暮らしを教えてくれ。」

その夜の宴は遅くまで続いた。老鬼が出した酒を飲み饒舌になり皆へべれけになった。犬たちはいびきをかいて寝ている。
「さて・・・楽しい宴もお開きじゃ。本当に楽しい宴じゃった。今まで生きてきた中で一番。」
「じじぃ、昼間の無礼は詫びる。この通りだ。」
桃太郎は深く首を垂れた。
「先ほどの話、もう一度考え直してはもらえぬか。俺はじじいを切ることなど・・・できぬ。その角さえ落としてしまえば人間として生活できよう。」
「ほっ、昼間は刀を振り回していた小僧の言葉とは思えんのう。じゃが・・・ワシはもう生きることに疲れた。友のもとに帰りたいんじゃ。」

老鬼は戸を開け夜空を見上げ、ひと時の間をおいて桃太郎に振り返った。
「桃太郎よ、ワシを一刺しに殺すと約束してくれ。」
そう言って奥の部屋に入っていった。

桃太郎は悩み苦しんだ。村人が望んでいることと老鬼が望んでいることは合致しているのだからこれ以上の僥倖はないはずだったが桃太郎の心は引き裂かれるような思いだった。

思い悩んだままに時は過ぎ、空は藍色に染まりだした。
桃太郎は老鬼の寝室に音を立てずに忍び寄り、刀の柄を握った。
ぐっと噛んだ唇からは血が滴り、刀を構えた両手は小刻みに震えていた。
次の刹那、老鬼の心臓を一突きにした後、首に刀をかけ挽き切った。
「すまぬ・・・すまぬっ・・・!」
腹の底から渇いた声を上げ桃太郎は慟哭した。

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